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「初めまして。九条紫織です。2週間と言う短い間ですが、よろしくお願いします」
極度の緊張で少し声は震えたが、何とかつっかえずに言う事が出来、内心でホッとしながら一礼をする。
拍手も一切されず、やはりここでも歓迎されないのだと思うと自然と落ち込んでしまう。分かってはいたが、少しだけ期待していたのだ。
だが、落ち込んでばかりはいられない、と顔を上げると、ハッとしたように慌てて教師が席を案内する。
素直に頷いて席に座ろうとするが、両隣に見覚えのある顔を見つけて立ち止まる。
左隣には派手めな美女が頬杖をついており、右隣には美女と良く似た顔のおかっぱ頭の少年が唇を尖らせている。
「朱里さんと・・・えっと・・・」
「・・・紅貴」
「あ、すみません。紅貴さん。お隣なんですね。よろしくお願いします」
慌てて会釈をするが、紅貴は相変わらず唇を尖らせて横を向いてしまった。朱里の双子の弟である紅貴とは顔を合わせたくらいでまともに話した事も無い。
双子と言っても男女であるためか、随分と性格に違いがあるんだな、と感じながら席に座ると、すぐに授業が始められた。
基本的に勉強の内容は同じらしく、教科書も同じものを使用しており、授業には軽く前後するもののすぐについていく事が出来た。
だが、授業中に感じる好奇の視線や教師の戸惑いも紫織は敏感に察知していた。
仕方がないと自身を納得させつつ、何気なく朱里を見て、ぎょっとする。
「な、にをしているんですか?」
朱里は教科書も開かずに、堂々とマニキュアを塗っていたのだ。
授業を受ける気などさらさら無いとばかりに真剣に爪に向き合っている様はすがすがしささえ感じる。
「今話しかけないで下さる?」
紫織の方を見もせずに慎重な手つきで爪を塗る朱里に困惑しつつ、紅貴に目をやった彼女は再びぎょっとする事になった。
紅貴は机にパソコンを置き、難しそうな顔をして画面を見ていた。
「紅貴さん、は何を・・・?」
「新しい毒薬の配合考えてる」
「・・・・・・そ、そうですか」
聞かなかった事にした紫織は密かに教師に同情しながら黒板に並ぶ数式を眺めていると、
「で、何か用ですの?」
ふいにマニキュアを塗り終わった朱里が話しかけてくる。
「いえ。何をしているんだろうなって思っただけですから」
「あなたも真剣に授業なんて受けなくていいんですわよ?」
板書されたものをノートにとる紫織に朱里が爪に息を吹きかけながら言った。
「受験をするわけでもなく、就く職も決まっている私達には無意味ですわ」
「え?朱里さんはいつも他の事をしているんですか?先生に怒られたりはしないんですか?」
「いつもは教室にも来ていませんわね。教師は全て御三家よりも劣る分家の者がやっているから、怒られるなんて事もありませんの」
言って、爪が乾くと今度は大きな鏡を取り出して、化粧のチェックを始める。
「何をしていてもいいですわよ・・・教室内でしたら、ですけれど」
「それはやっぱり、危険だからですよね」
「あなたが行く所について回るのは面倒ですもの」
コソコソと話す紫織に対し、朱里は声を抑えずに堂々と話す。だが、それでもやはり教師は何も言わなかった。
「やっぱり九条は恨まれてますか・・・」
「幼い頃から憎むべき相手として教育を受ければそうなりますわ」
「そもそもの原因はそちらにあるのにですか?」
「どう言う事ですの?」
不審な目つきでこちらを見る朱里に、紫織は教師に申し訳ないと思いつつも祖父に聞いたことを話した。
敵方に嫁いだものの、子供が出来ないからと蔑ろにされ、最後には汚名を着せられて殺されてしまった紫姫の悲劇を。
しばらくは静かに話を聞いていた朱里だったが、
「私達はそのような話は聞いておりませんわ。当主は姫を慈しんだにも関わらず、姫はそれに答えることなく敵に情報を漏らしたのですわ。そしてそれが露見することを避けるために鞍馬に汚名を着せ、自害したのです」
怒ったように整えられた眉を寄せ、反論を始めた。
「・・・鞍馬さんの方ではそんな風に伝わっていたのですね。でも両家でこんな真逆の話になっているなんて・・・」
「そちらが都合の良いように話を作り替えたに決まっていますわ」
「そんな・・・!皆ずっとこの話を信じて戦ってきたんですよ」
「私達だってそうですわ」
それきり気分を害したとばかりに今度は髪のチェックを始めた朱里から視線を外した紫織の心臓は早鐘を打っていた。
誰も鞍馬家では違う話が伝わっているとは言わなかった。それはつまり知らなかったからではないのか。
どちらが正しいのか。どちらも間違っているのか。それは、誰にも分かっていないのだ。だとしたら――
真実を見つければ対立する状況も変わってくるのではないか。都合の良い考えだとは分かっている。現在は500年以上前の怨みから戦っている者など皆無なのだから。
だが、それでもお互いの認識を改めるきっかけくらいにはなるはずだ。きっと、それが平和への第一歩になるはず。
僅かに見えた平和の糸口に、紫織は自然とシャーペンを握る手に力を込めた。
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