「ここが食堂ですわ。和洋中、全て揃っておりますの。勿論それぞれに専門のシェフがおりますわ」

 自信気に説明する朱里に案内された食堂は、紫織の知っているそれとは随分異なっていた。
 まず、紫織達の校舎の食堂ではいかにもな感じのおばさんが笑顔で食事を提供してくれる。だが、目の前では威厳に満ちたシェフが豪快にフランベをしていた。

 朱里の言う通り、一流レストランにでも来たかのような豪勢さで、紫織は目を白黒させた。

 「・・・何と言うか・・・すごい、ですね」

 ここは本当に高校なんだろうか、と疑問に感じながらもそれしか感想が言えなかった。
 先程の女子寮と言い、やはり鞍馬は資金源が違うのだと実感させられる。

 「何をしていますの?休み時間が終わってしまいますわよ」

 ぼんやりとフライパンから上がる炎に見とれていると、既に中に入った朱里がいぶかしげに振り返っていた。

 「あ、すみません」

 慌てて小走りに食堂に入ると、それまで談笑していた生徒達が一斉に紫織に注目した。
 面白そうにコソコソと何やら話す者や明らかに敵意を持って睨んでくる者、様々いたが共通して言える事は、紫織は歓迎されていないと言う事だけだった。

 一瞬にして食堂の中に緊張が走り、紫織は思わず足を止めてしまう。
 肌から伝わる殺気に息を呑み、紫織は嫌でもここには味方等いない事を実感させられる。

 敵意と好奇心の中、堂々と歩けるほど紫織は強くなかった。いたたまれず、その場を逃げ出したい思いで俯いていると、ふいに誰かに腕をとられた。

 驚いて顔を上げると、朱里の美しい顔が眼前に広がった。思わず染みが一つも無いな、とか睫長いな、とか的外れな事を考えていると朱里に腕を強く引っ張られた。

 「え?わ、わっ」
 「あそこの席が開いているわ。さっさと参りますわよ」

 転びそうになりながらも何とか席に着くと、遠巻きにしていた生徒達は徐々に元の喧騒に戻って行った。

 「あの、ありがとうございます・・・」

 ホッとしながら、メニュー表に目を通す朱里に礼を述べると、彼女は事も無げに答えた。

 「礼を言われる筋合いはないですわ。私は橙夜様の命に従っているまでですもの」
 「それでも、言わせて下さい。朱里さんがいなければ私、逃げ出していたかもしれない・・・」
 「まぁ、それは残念でしたわ」

 ぶっきら棒な事を言いながらも、その顔が少し赤らんでいる事に気付いた紫織は自然と笑みを浮かべていた。

 「鞍馬さんに感謝しないといけませんね・・・こうして朱里さんとお話出来るのも鞍馬さんのおかげですし」
 「それこそ私には迷惑ですわ。あなたのせいで橙夜様との貴重な時間が減ってしまうのですから」
 「いくら鞍馬さんのご指示とは言え、毎日私に付き添って下さらなくても大丈夫ですよ?3日もすれば少しは慣れると思いますし」

 2週間ずっとこんな風では確かに朱里にとってはいい迷惑だろう。彼女にも付き合いがあるだろうし、一人の時間も必要なはずだ。
 そう考えての提案だったが、朱里は酷く難しい顔をして運ばれて来た料理に目を落とした。

 「それは出来ませんわ。私はただの付き添いではございませんの。あなたのボディーガードも兼ねておりますのよ」
 「ボディー・・・ガード・・・?」

 予想外の言葉に思わず反芻してしまった紫織に、朱里はしっかりと頷いて見せた。

 「あなたは敵地の真ん中に一人でいるようなものですのよ。橙夜様からあなたに手出ししてはいけないと言われていても暴挙に出てくる輩と言う者はいるものですわ」
 「そんな・・・」
 「橙夜様はあなたを招いた以上、無事に帰したいと望んでいらっしゃいますの。あなた方を倒すのはそれからでも遅くないですから」

 言って、朱里は優雅にナイフとフォークを使い、魚を口に運んだ。

 「あなたも軽率な行動は慎むようにする事ですわ。それと、お風呂は大浴場ではなく、部屋で済ませる事」
 「え・・・大きなお風呂、楽しみにしていたんですけど・・・」
 「あんな密室で危険ですわ。私は一緒には参れませんし」
 「朱里さんは大浴場、利用しないんですか?一緒に入りましょうよ、きっと楽しいですよ」

 紫織の何気なく言った言葉に朱里は過剰に反応を示し、ゲホゲホと激しくむせ込んでしまった。

 「大丈夫ですか?あ、水を・・・」

 紫織が差し出すより早く、朱里は手近にあったコップを取り、水を一気に飲み干した。

 「だ、大丈夫・・・?」
 「全く!あなたが変な事を言い出すからみっとも無くむせてしまいましたわ!」
 「えっと、朱里さんとお風呂に入りたいなって思っただけなんですけど・・・駄目でしたか?」
 「駄目とかそう言う問題ではありません」
 「え?でも、女同士だし別に構わないんじゃ・・・」

 紫織としては、どうしてこんなにも朱里が怒るのかが分からなかった。確かに気恥ずかしさは感じるかもしれないが、そこまで怒る事だろうか。

 だが、朱里は先程までの剣幕はどこへやら、ハッと何かに気付いたように目を見開いたかと思うと次の瞬間には曖昧に微笑を浮かべた。

 「まぁ、そうですが・・・私はお風呂はゆっくりと一人で、と決めておりますの」

 取ってつけたような理由に内心で首を傾げながらもそれ以上は追求せず、紫織は本格的に食事を始めたのだった。











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