生徒会室に入ってまず目に飛び込んで来たのは目立つ鮮やかなオレンジ色だった。

 その髪と同色の名を持つ鞍馬はソファーに長身を横たえながら二人を出迎えた。

 「遅かったね。来ないのかと思ってたよ」

 言いながらゆっくりと身を起こす鞍馬の大きな瞳には挑戦的な光が見え隠れしている。

 「・・・約束は守ります」

 紫織がしっかりとした口調で言い返すと、鞍馬は楽しげに目を細めて立ち上がる。

 「改めて。ようこそ、紫織ちゃん。2週間、俺達は君を歓迎するよ」

 そして大げさに両手を広げて微笑んで見せた。

 「は、はい。よろしくお願いします」

 その微笑に妙な胸騒ぎを感じながらも頭を下げる紫織に、鞍馬は頷いた。

 「この2週間は好きにやってくれて構わないよ。朱里をお目付け役としてるから、そこまで自由には出来ないだろうけどね」
 「分かりました」
 「後、2週間の間は君達の校舎への出入りは禁止だから。まぁ連絡くらいは大丈夫だけどね」
 「はい」

 紫織の明瞭な返事に鞍馬はますます面白そうに口の端を持ち上げた。

 「君を見送る時、蒼司の奴どんな顔してた?絶対俺の事怒ってるよな。想像しただけで笑える。紫織ちゃん、君もこの2週間頑張って俺を楽しませて欲しいな」

 俺は退屈が大嫌いだからさ、と言うなり彼はさっさと部屋を出て行ってしまった。
 ホームルームに出るのかと思いきや教室のある方向へは行かずに一人どこかへ消える鞍馬を、朱里は何とも言えない表情を浮かべて見送っていた。

 その瞳は見るだけで胸が締め付けられるような切なさを帯び、鈍いと言われる紫織でさえ彼女が鞍馬に恋をしている事が分かった。

 同時に、朱里が紫織を忌み嫌う訳が分かった気がした。いや、紫織だけではない。朱里は鞍馬の周りにいる全ての女子に嫉妬しているのだろう。
 常に自信に満ち溢れている朱里が唯一弱くなるのは鞍馬に関してなのだ、と紫織は納得する。先ほど垣間見た彼女の弱さも彼に関してなのかもしれない。

 「朱里さん・・・」

 いつまでも鞍馬の消えた先を見つめていた朱里だったが、紫織の声に我を取り戻すとぶっきら棒に言い放った。

 「さっ、今から女子寮に向かいますわよ」

 それは紫織にとっては死の宣告に等しかった。









 「全くだらしないですわね」

 涼しげにしている朱里とは裏腹に紫織は顔を真っ赤にさせて息も絶え絶えになっていた。

 「はぁ、はぁ・・・だ、っ・・・て・・」

 反論しようにもまともに言葉が出てこない。
 あれから重いスーツケースを持って階段を下り、校舎を出て、女子寮の3階まで上って来た。朱里は二度と手伝ってくれる事は無かった。あれは鞍馬を待たせているために仕方なくしたに過ぎなかったのだ。

 「ここがあなたの部屋。不本意だけれど、私の隣ですわ」

 言いながら、ドアを開けると、机やベッドと言った必要最低限のもの以外何もない殺風景な部屋が姿を見せた。
 空き部屋だと聞いていたが、その割には綺麗にされており、埃も落ちていなかった。

 「午前中の授業は出なくていいそうですわ。早く荷物を片付ける事ね」

 言って、朱里はドアに背中を預けて紫織をじっと見つめた――どうやら片付けが終わるまで待っているつもりらしい。
 今更ながらに彼女がお目付け役に任命されているのだと思い知り、人知れず紫織は溜息を吐いた。

 「この階には他に住人はいないんですか?ドアにネームプレートが無かったんですが」

 漸く呼吸が整ってきた頃、スーツケースを開けながら、ふと紫織は疑問を口にした。

 「女生徒の割合が少なくて部屋が余っているのですわ。2階にも空き部屋はあるけれど、私は一人で静かな3階に住む事を望んだ・・・この2週間は煩くなりそうですけれど」

 きっちり文句を言いつつも説明してくれる朱里に、紫織は苦笑しながらも手早く荷物を片付けて行く。

 何とか片付け終わると、朱里が女子寮の中を案内してくれる事になった。

 「一階に食堂、大浴場と言った設備が全てそろっていますの。そちらの寮がどうなっているのかは分からないけれど、大体の造りは同じはずですわ」
 「大浴場・・・部屋にお風呂が設置されていましたけど・・・」
 「部屋のお風呂は狭いでしょう?それに皆で話しながら長湯したいと言う事で、ほとんどの女生徒は大浴場を使用するのですわ」

 部屋の風呂はシャワーだけ使いたい時に主に使用されているらしい。紫織達の女子寮には大浴場と言うものは無かった。設備や部屋の広さを見る限りでは明らかに鞍馬側の方が良かった。

 それを尋ねると、朱里から思わぬ答えが返って来た。

 「数年前に改築したからですわ。橙夜様のお姉様、橙香様の命で」
 「・・・鞍馬さんにはお姉さんがいるのですか」

 言いながら、紫織は自身が全く鞍馬達を知らないのだと実感した。まだ日が浅いので仕方ないと言えばそうなのだが、敵の事を全く知らずに戦っていると言うのも奇妙な話だ。
 その上鞍馬御三家の内、未だ二家の者には会っていない。蒼司によると高校生ではないらしいが、この2週間で果たして会えるのだろうか。

 朱里に聞くのも何だか気が引けて口に出来ないでいると、遠くから昼休みを告げるチャイムが聞こえて来たのだった。











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