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渡り廊下を過ぎ、敵陣へと一人乗り込んだ紫織を待ち構えていたのは、一人の少女だった。
後ろで高めにくくられた艶やかな黒髪と、華やかに化粧が施されたその顔に紫織は見覚えがあった。
「あなたは確か・・・片瀬さん」
記憶の糸を手繰り寄せながら、不安げに眉を下げる紫織に朱里は、
「さっさと来なさい」
一言そう言うと、さっさと歩き出す。
紫織は慌てて小走りで後に続くが、慣れないスーツケースを引っ張っているせいで、どうしても遅れてしまう。
しかも、階段を上らなくてはならないのだ。当然スロープなどはなく、紫織は2週間分のお泊りグッズが詰まっているスーツケースを持ち上げなくてはならなくなった。
手伝ってもらおうにも、朱里は既に階段を上り終えているらしく姿は見えず、辺りに生徒もいない。
「・・・よし」
これから2週間、蒼司達はいないのだ。いつまでも誰かを頼りにしていてはいけない。
自分を奮い立たせようと小さく声を出してから湿布をしまい、両手でスーツケースを持つ。
「ふっ・・・くっ・・・!」
一段一段バランスを取りながら上って行き、あと少しで踊り場と言う所で、打ち身をしている背中に激痛が走った。
痛みで力を抜いたためにスーツケースと共に大きくバランスを崩してしまう。幸い前のめりに倒れ込んだおかげで転げ落ちると言う最悪の事態は回避出来た。
ホッとしたのもつかの間、頭上から鋭い声が降って来る。
「全く!とろいですわね!」
盛大な音を聞きつけたのか、朱里が踊り場まで下りて来た。そして倒れこむ少女を見て盛大に溜息を吐いてみせる。
「す、すみません・・・」
明らかに苛立たせていると分かって、紫織は反射的に謝った。朱里には初めから妙に敵視されている。お互い敵同士なので仕方ないのだが、同性同士仲良くなりたいと思っている紫織は何とか関係を打開させたかった。
これ以上彼女を煩わせてはますます嫌われてしまう、と背中の痛みに耐えながらスーツケースを持ち上げようとするが、それを押し止め、代わりに朱里が素早く取っ手を掴んだ。
「あなたに任せていては埒があかないわ。いつまでも橙夜様をお待たせするわけにはまいりませんの」
ブツブツと文句を言いながらも彼女は軽々と片手でスーツケースを持ち上げると、颯爽と階段を上って行く。
スーツケースはゆうに10キロは超えているはずだ。それを片手であんなに簡単に運んでしまうなんて。紫織はその場で呆然と突っ立ってしまった。
「何をしていますの!?さっさと参りますわよ!」
朱里が怒ってそう怒鳴ると、紫織は漸くハッとして階段を駆け上がった。
紫織が来るのを待って、朱里は役目は終わったとばかりにスーツケースから手を離した。それをお礼を言いながら受け取ると、紫織は興奮気味に朱里に声を掛ける。
「凄いですね!そんなに細身なのに・・・やっぱり鍛えているんですか?」
「え?あ・・・ま、まぁそうですわね。日々の鍛錬の賜物ですわ」
朱里はなぜか少し焦ったものの、取ってつけた様にそう結論付けた。
疑う事を知らない紫織は感心しつつ朱里を後ろから見つめた。
170センチに手が届くか、と言うような長身に程よく筋肉がついているしなやかな体、華やかな美貌、そして自信に満ちた表情・・・それらは全て紫織には無いものだ。
「片瀬さんが羨ましいです。私も毎日鍛錬を積めばそんな風になれるんでしょうか・・・」
最近始めた剣道もなかなか上手くいかない。九条の時期当主としてはまだまだ未熟だと痛感していたゆえに出た言葉だった。
ポツリと呟いたそれに、朱里は思いの外反応を示した。
「いくら鍛錬を積んでもどうにも出来ない事はありますわ・・・私にはあなたの方が羨ましい」
「え?」
小さな声だったため最後の方が聞き取れず、反射的に聞き返すが、朱里はそれを黙殺して足早に歩き出した。
華奢な背中が拒否を示している。何を言ったのかは教えてくれないだろう。
「待って下さい!」
また朱里に置いて行かれてはいけない、と必死に後をついて行く紫織はこの2週間で彼女と少しでも仲良く出来たらいい、と考えていた。
両家の敵対関係について探る事、平和を望んでいる人を見つける事など様々な事をしなければいけない中で、紫織は朱里と友達になりたいと思った。
駆け引きとかそう言う部分を抜きにしてただの友人関係を結ぶ事はとんでもなく難しいだろう。二人の間には相性とか言う以前に敵同士だと言う大きな壁があるのだから。
だが、自信に満ち溢れ、完璧に思えた彼女が見せた一瞬の弱さにどうしようもなく引き付けられた。それを暴いてやろうとは思わないが、知りたいとは思う。
最初から嫌われているのでどうなるか分からないが、出来るだけ頑張ろうと紫織は決意を新たにし、朱里に案内された生徒会室に足を踏み入れた。
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