「眼鏡5本ありますか!」
 「5月生まれの人2人いますかー!」

 借り物競争が始まり、白い紙を手にした生徒達が次々に応援席へと走って来る。
 口々に借り物を求めながら大慌てで運動場へと戻って行く生徒達はとても楽しそうに見え、紫織は内心で安堵をした。

 生徒達は借り物競争など聞いた事もなかったので最初は戸惑ったが、どうやら新鮮で面白く感じてくれたようだ。今のところおかしな借り物も無いので、紫織は翠と笑みを交わした。

 「どうやら取り越し苦労だったみたいですね」
 「まだ油断は出来ないけど、この分なら大丈夫そうね」

 ホッと二人で胸をなでおろしていると、選手達は続々と多様な借り物を持ってゴールして行く。
 借りたものが物だった場合は後で持ち主に返すために専用の箱に入れ、人ならばそのまま応援席へと引き返して行く。そうしている間に次の選手達がスタート位置に着き始めた。

 その中に目立つ長身と明るいオレンジの髪が見えた。

 「次は鞍馬さんなんですね・・・」

 言って、紫織が不安げに彼を見ていると、

 「・・・っ!」

 目が合ったと思った次の瞬間には鞍馬がにこやかにこちらに手を振って来た。
 驚いて息を呑む紫織の後ろから、蒼司が狂ったように何か叫んだが、スタートを告げる乾いたピストルの音で掻き消えてしまった。

 一斉に走って行く中で鞍馬だけはのんびりと歩いていた。やる気が全く無さそうなその様子に僅かに拍子抜けしながら見守っていると、再び借り物を借りるために選手達が次々にやって来る。

 彼らの借り物を必死に集めていると、一瞬悲鳴のようなものが聞こえ、紫織の周りにいた人々はぎょっとしたように彼女から――いや、彼女に向かって来る人物から離れた。

 突然視界が開けた事に紫織は何事かと目線を上げて、

 「へぁ!?」

 素っ頓狂な声を上げた。なぜならそこにはここに来るはずのない人物――鞍馬がいたからだ。
 周りの者も突然の事にうろたえるばかりだった。今日は武器使用を認めていないために手出しが出来ないせいでもある。

 「何の用だ、貴様!先程のふざけた態度といい、何を考えている!?」

 そんな中で蒼司だけが紫織を庇うように立ちはだかった。
 だが、睨まれても鞍馬は全く意に介した様子も無く蒼司の背後にいる少女へ問いかけた。

 「別にこっちに借りに来ちゃいけないって事はないんでしょ?」
 「それは、そうですけど・・・」

 今は借り物競争の真っ最中であり、鞍馬は選手として出場している。彼はここに何かを借りるために来たのだろうか。
 だが、あえて敵の応援席に来なくては借りられないものなど書いた覚えは無い。

 「じゃぁさっそく借りたいものがあるんだよね」

 紫織の肯定に、鞍馬はしめたとばかりに目を細めて口の端を持ち上げた。

 「借りたい物とは一体・・・?」

 その笑みに嫌な予感を感じながらも蒼司の背中から少しだけ顔を覗かせると、鞍馬は彼女の眼前に借り物が書かれた用紙を突きつけて言った。

 「君だよ。君を借りたいんだ」

 何を言われたのか意味を掴みかねた紫織は突きつけられた用紙を見て、目を見開いた。

 「敵ボス・・・?」
 「俺からすると九条紫織、君って事だよね?」
 「どうしてこんな・・・」

 こんな事、紫織達は書いていなかった。と言う事はつまり――?

 「そう。俺が書いたんだ。君達が引いても俺達が引いても面白くなりそうだろ?まさか俺自身が引くとは思ってなかったけど」

 笑いながら言うと、蒼司を押しのけて紫織の腕を掴む。

 「そう言う訳だから、君達のお姫様ちょっと借りて行くよ」

 半ば倒れこむ形で鞍馬に引き寄せられた紫織は未だ状況を把握出来ずに目を白黒させていた。

 「き、さま・・・!紫織様に気安く触るな!その上借りるだと?そんな事が許されるとでも思っているのか!」

 当然このような暴挙に蒼司が黙っているはずも無い。紫織をどうにか鞍馬から引き離そうとするが、まだ完全に怪我が治っていないためにそこまで力が入らないようだ。

 「人も借りていいはずだろ。ちゃんと返すから大丈夫だって」

 あっけらかんと言いながら、固まっていた紫織の腰と膝の裏に手を回して彼女を勢いよく抱き上げた。

 「!?」
 「しゃべると舌噛むから黙ってなよ」

 突然視界が変わり、鞍馬の整った顔を間近に感じた紫織はすぐに離れようとしたが、鞍馬が走り出したため、暴れる事も出来ずに彼の胸にしがみ付くしかなかった。

 「紫織様ー!?鞍馬、貴様殺すー!」
 「イヤー!橙夜様ぁー!何でそんな女などぉ!」

 応援席からは蒼司と朱里の悲鳴が上がる中、鞍馬は紫織を抱えているとは思えないスピードで運動場を走り抜けて1位でゴールをしたのだった。











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