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「紫織様ー!次は網潜りが御座いますよ!お気をつけ下さいー!」
騒がしいはずの運動場に蒼司の声が響き渡り、名前を呼ばれた紫織は走りながら思わずぎょっとしてしまった。
声がした方を見ると、ビデオカメラを片手に蒼司が立ち上がって大きく手を振っていた。
「!!!」
咄嗟に視線を外して知らないふりを決め込もうとしても無駄な事は良く分かっていた。おそらくあのビデオには彼女の赤面した顔が映っている事だろう。
紫織は心中で蒼司をなじりながらも、網を掴んで素早く潜り込んだ――障害物競走の真っ最中なのだ。
幼い頃から武芸を嗜んで来た一族の者達と比較すると体力も運動神経も劣る紫織が選んだ種目が障害物競走だった。これならば確実に最下位と言う事もないだろうとの希望からだ。
そんな思いから必死で体に纏わりつく網を払いながら潜っているのに、蒼司のあまりの応援にいまいち競技に集中出来ない。
「紫織様ー!頑張って下さい!後少しです!」
「蒼君、うるさいわよ。それと、立たないでくれる?見えないでしょう」
「紫織様ー!あー!後ろから敵が来ております!そこです!足蹴りをかましてやるのです!あ!今です!肘うちを食らわせてやるのです!」
「蒼君、聞いている?撃ち殺されたいの?」
言いながら、手元に銃が無い事に舌打ちをする翠だったが、彼女の暴言を聞いてもいない蒼司は相変わらず体育祭にあるまじき事を叫び続けていた。
競技どころではない中で、紫織はなんとか6人中4位でゴールする事が出来た。
妙にぐったりと体力を消耗しながら応援席に戻ると蒼司が興奮状態で近付いて来る。
「4位おめでとうございます!紫織様の凛々しいお姿はしかと目に焼き付けました!それだけでは足りずにきゃめらにも収めましたゆえ完璧で御座います」
早口にまくし立てると、嬉しそうに手に持ったビデオカメラを撫でるが、彼はまだ知らなかった――それがとても映像とは言えないものになっている事を。全ては蒼司の叫び声と手ブレのせいだと言う事を。
「お疲れ様、紫織ちゃん。怪我が無くて良かったわ。はい、お水」
蒼司を華麗に無視して翠がペットボトルを差し出した。お礼を言ってそれを受け取ると、翠が不安げに溜息を吐いた。
「ここまで順調に行っているのはとても喜ばしいんだけど、何だか平和過ぎて心配になるわ」
翠の言うように、恐ろしいくらいに順調に競技は進んで行った。初めは乗り気で無かった生徒達も徐々に白熱していき、持ち前の運動神経を駆使してチームに貢献しようと頑張っていた。
小競り合いはたびたびあるものの、上手い具合に鞍馬が制してくれ、未だ大きな争いには発展していない。
「このまま無事に午前の部が終わってくれればいいんだけど、問題は・・・次よね」
「はい・・・」
次は午前の部で最も危険な借り物競争が待っている。鞍馬達にも借りる物をどうするか考えてもらったのだが、何を書いたのか教えてもらえなかった。鞍馬曰く、見てからのお楽しみ、らしい。
「とんでもないものが書いてありそう・・・しかも、鞍馬君本人が出るらしいじゃない。絶対に何かあるわよね」
入場口には次の競技に参加する生徒が集まっていた。その中には不敵に笑む鞍馬の姿がある。
運動場では障害物を片付け終わり、定位置に借り物が書かれた紙切れを置いている。直前に鞍馬達の書いたものも混ぜたので誰が何を引くのか、そこに何が書いてあるのかは本当に謎になってしまった。
一応借りられない物は無効になる旨を言ったのだが、それでも不安は拭い去れない。今更ながら借り物競争など止めておけば良かったと言う後悔が押し寄せて来る。
借り物競争はとても盛り上がる上に、同じチームが一緒に借り物を探したり集めたりする事で団結力が芽生えるので、どうしても外したくなかったのだ。
「次は借り物競争です」
紫織と翠が悶々と考え込んでいる間にアナウンスがあり、選手入場が始まってしまった。
選手入場と言っても、整列の仕方など何も練習はしていないので、バラバラに入って来る。こうなっては無事に済む事を祈るしかない。
「・・・もうなるようになれ、ですね」
半ば呆らめの口調で紫織が言うと、翠も困ったように小首を傾げた。
「そうね・・・後は無事に終わる事を願うしかないわね。何かあったら、その時考えましょう」
その何かが無ければ良いと思いながら、紫織は再び運動場へと目を向けた。
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