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鬱陶しいくらいに晴れ渡った空の下には、広大な運動場に九条家側と鞍馬家側の生徒達が一同に介すると言う、一色学園始まって以来の光景が広がっていた。しかも、全員運動着に武器は不携帯である。
「ただ今から一色学園体育祭開会式を行います」
緊張した面持ちで女子生徒がマイクに向かって高らかに宣言をし、一呼吸置いてから手元のプログラム表に目をやった。
「まずはこのたびの体育祭の主催者、九条紫織さんに挨拶をして頂きます」
本来ならば学園長が挨拶をするところだが、一色学園に学園長と言う存在はない。開校当時、学園長を決めようとしたがどちらの一族の関係者にするかで揉め事が起こったためうやむやになってしまったのだ。
大勢の人の前で挨拶をする事になった紫織は覚束ない足取りで壇上に上ると、まずは深々と頭を下げた。
「こ、このたびは私の身勝手な提案にお付き合い下さり、ありがとうございます。今回の体育祭は今までとは違い、暴力無しのスポーツ勝負で勝敗を決めます。この体育祭を通して少しでもスポーツ楽しさと、九条、鞍馬の両家の歩み寄りが出来ればと考えています。今日は皆さんに怪我無く無事に済むように運営の方も頑張りますので、ご協力お願い致します」
何とか言い終えるとホッとしたように笑んで、再び頭を下げると壇上を降りる。
紫織を初めて見る鞍馬の臣下達は敵対している一族のトップが頼りない少女である事に内心で困惑したり嘲笑したりした。
一方、味方であるはずの彼女の臣下達もあまりに腰の低い主に不満を持っていた。これでは今後相手に舐められる事は必至だ。
様々な人々の思惑が渦巻いている事など露知らず、紫織は何とか挨拶を言い終えた事に満足をしながら元に位置に整列をした。
この後には本来ならば選手宣誓など様々な行事があるのだが、全て省いて、すぐに体育祭の開催宣言がされた。
そして各々で準備体操をしつつ用意された自分の席に戻って行く。
「お疲れ様です。ご立派でした」
席に向かう途中で蒼司が微笑みながら近付いて来た。彼に目を向けると、車椅子に乗っておらず、普通に立って歩いている事に驚く。
「蒼司さん、大丈夫なんですか?教室で休んでいなくていいんですか?」
「もう車椅子を使わなくても大丈夫だと医師にも言われましたので。それに、こんな大切な日に休んでいるなど出来ません。参加は出来ませんが、お近くで紫織様の勇姿を見物致します」
言いながら、ビデオカメラを取り出す蒼司の顔は愛娘の運動会を見守る父親そのものだった。
「せっかくですので、紫織様の勇姿を記録に残そうと思ったのですが、びでおきゃめらと言うものの使い方がよく分からないのです。紫織様が出られる競技まで時間がありますので、今から勉強をしたいと思っております」
「ははは・・・そうなんですか・・・」
もはや乾いた笑いしか出てこない主の様子に気付く事無く、蒼司は妙に晴れやかに去って行った。
そんな蒼司と入れ替わるようにやって来たのは翠だった。どうやら彼の話が聞こえたらしく、あからさまにうんざりした顔をしていた。
「相変わらず発想が危ないわよね、蒼君は。おかしな事をし始めたらすぐに止めるから安心してね」
「ありがとうございます。あ、翠さん」
「なぁに?」
「久我君、見ませんでしたか?」
挨拶をしている最中に彼の姿を探そうと思ったが、緊張のためほとんど周りを見る事が出来なかったのだ。
もしかしたら翠ならと思ったのだが、
「見ていないわ。あの子団体行動嫌いそうだから参加しないかもしれないわね・・・。ちょっと探してみましょうか?」
「あ、いえ・・・。無理には参加させたくないので」
「そう・・・。運動神経良さそうだから参加してもらいたいんだけどね・・・見かけたら声を掛けてみるわ」
「お願いします」
小さくお辞儀をして、黎がいない事に落胆しつつ今度こそ自分の席に向かった。
黎には体育祭にかける気持ちを伝えたが、やはり来てはくれないのだろうか。それは紫織など認めないと言う意志の表れなのだろうか。
考えれば考えるほど落ち込んで行きそうで、それを吹っ切るために競技が始まりそうな運動場へと目を向ける。そこには何十人かの男子達が集まっていた。
「最初の競技は男子100メートル走・・・」
これを最初に持って来たのは、走るだけなので騒動が起き難いと考えたからだ。何事も最初が肝心だ。この100メートル走を無事に乗り切れば最後まで上手くいくような気がする。
運動場は何やらピリピリした雰囲気だが、特に揉める事も無く、彼らは順番にスタート位置についてピストルの音と同時に走り出した。アナウンスの女の子が上手い具合に解説を入れている。
まずは順調にスタートしたようだった。その事にホッとしつつ、無事に体育祭が終わる事を紫織は一人、空に願った。
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