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「出来ました!」
嬉しそうに声を上げた紫織に、真っ先に反応をしたのはやはり蒼司であった。
車椅子とは思えないスピードで紫織の座る席までやって来ると、
「さすが紫織様です!こんな短時間に完成させられるなんて・・・すばらしいです!」
酷く大げさに言うなり、本当に感動しているのか漆黒の瞳をキラキラとさせる。
そんな彼にご機嫌な紫織も嬉しそうに頷くと、さっそく出来上がったものを差し出した。
「通っていた中学や高校で行われていた体育祭を参考にしてみました。どうでしょうか?」
「そうですか、紫織様の・・・これはまた何やら楽しそうな競技ばかりでございますね。この借り物競争とは一体何でしょうか?」
「それは・・・」
「あ!私それ、聞いた事があるわ!」
紫織が言うより早く、武器の手入れをしていた翠が勢い良く立ち上がった。
「昔、少女漫画で読んだ事があるの。よく覚えていないけれど、一般的な男女の恋愛の発展にはそれが必須なんでしょう?」
「え?」
「借りてくるものの中に好きな人と言うのを混ぜておいて、それを引いた男子または女子が片思いの相手に告白をするのよね?」
「えぇ?」
翠の、あまりに偏りすぎ、そしてロマンチックすぎな答えに、思わず紫織はたじろいでしまった。普通の女の子であれば、少女漫画のフィクションを分かっているし、そんな展開が普通は無い事くらい承知しているはずだ。
しかし、翠達は一般とは遮断された環境で育ったのだ。外部の知識を鵜呑みにしてしまうのも無理は無い。初めて日本の漫画を読んだ外国人がそうであるように、何が正しくて何がそうでないのかの判断が出来ない。
だが、夢を見すぎだが絶対にあるわけが無いと言うわけでもないので、どう答えようか迷っていると、今まで静かに二人の話に耳を傾けていた蒼司が突然口を開いた。
「どう言うことですか!?ま、まさか紫織様、そのような破廉恥な展開を希望していらっしゃるのですか!?私は許しません!断じて許しませんよ!相手が誰であろうとも、紫織様はまだ高校生・・・早すぎます!」
「はい?」
「相手は誰なんです!?この学校にいるのですか!?紫織様を誑かすなど万死に値致します。さぁ誰なんです?私が今から殺して参ります」
漆黒の切れ長の瞳は陰険な光を帯びて、紫織が誰かの名前を言おうものなら今から行って本当に殺してしまいそうな勢いである。
そんな蒼司が恐ろしく、またどうしたらよいのか分からずにオロオロとしていると、いつの間にか少年の背後に立っていた翠が軽く彼の頭をはたいた。
「蒼君、本気で気持ち悪い。私も紫織ちゃんもドン引きよ」
「何を言う!紫織様にお、男など!」
「誰も紫織ちゃんに好きな相手がいるなんて言っていないわよ」
「だが・・・」
「とりあえず借り物の中に1枚、好きな人の項目を入れるのが常識なのよ。それが普通の体育祭というやつなのよ」
「そ、そうなのか。難儀なのだな・・・普通と言うものは」
大いに普通を勘違いしている二人を止める気力と術は紫織には無かった。作業が終わり、疲れていたところへ追い討ちとばかりに蒼司に詰め寄られて、何だか体力的にも精神的にもまいってしまった。
そっと溜息を落とすと、肩の力を抜いて椅子の背もたれに少しだけ体重をかける。生徒会室の会長専用の椅子であるそれは、普段教室で使っているそれとは柔らかさと座り心地が比べ物にならない。
ゆっくりと訪れる眠気をやり過ごしていると、ようやく蒼司を落ち着かせた翠が嬉々としながら紫織に言った。
「さっそく借り物を何にするか決めましょうよ。好きな人の他には何が一般的なのかしら?」
「あ、その事なんですが鞍馬さん達にも借り物の半分を考えてもらおうと思っているんです」
そう言えば、と紫織は慌てて眠気を吹き飛ばした。体育祭をフェアなものにするためには全てをこちらで決めるわけにはいかないのだ。
特に借り物の内容はこちら側に有利なものを揃える事も可能なので公平を保つために鞍馬達にも考えてもらわなければならない。
そう説明すると、翠は納得して賛成してくれたが、蒼司は不満そうに眉を寄せた。
「奴らが借り物の内容に普通なものを書くとは思えません。きっと、とんでもないものを書くに決まっています」
「大丈夫ですよ。私達が考えたものと混ぜ合わせるので、あんまりな事を書けば鞍馬さん達も困る事になりますし」
鞍馬達もわざわざ自分達が引き当ててしまうかもしれないと言う危険性をおかしてまでとんでもないものは書かないだろう。
「だから安心して下さい」
言いながら、微笑むと、さすがの蒼司もようやく頷いた。まだ不満はあるようだが、主の意向に従うと言う事だろう。
ホッとした紫織は、では、と立ち上がる。
「鞍馬さん達にパンフレットを渡して借り物について説明しないといけませんね。今はお昼休みなので皆さん校舎にいるでしょうか」
「なっ・・・紫織様ご自身が行かれるおつもりですか!?」
少女の発言に蒼司はぎょっとして思わず車椅子から立ち上がりそうになる。
「そのつもりですけど・・・」
「いけません!危のうございます!そんな仕事は翠に任せれば良いのです!」
「ちょっと蒼君、その言い方は無いんじゃない?」
聞き捨てなら無い台詞に翠は眉を寄せると、再び蒼司と言い争いを始めてしまった。
もはや名物にもなりそうな二人の掛け合いに、紫織は呆れながらも無意識の内に微笑んでいた。
そんな、つかの間の平和を享受する彼女をあざ笑うように、窓ガラスが風で小さくカタカタと音を立てた。
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