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会議が終わり、鞍馬達が帰ると黎は無言で立ち上がり会議室から出て行ってしまった。
彼に話があった紫織は片付けを一旦止めて、慌てて黎を追いかける。
「待って下さい・・・!」
足早に廊下を歩く少年の背に呼びかけると、ピクリと肩が動き、足が止まった。しかし、振り向く様子は無い。
紫織は構わずに彼の背に訴えかけた。
「私・・・私、出て行きません!もう逃げません!まだまだ未熟で皆様にご迷惑をおかけすると思いますが、ここにいたいんです」
「・・・・・・」
「平和を願う気持ちに変わりはありません。甘いと言われるかもしれませんが、何を言われてもこの気持ちは変わりません。それに気付かせてくれたのはあなたでした。ありがとうございます」
深々とお辞儀をして頭を上げると、黎がこちらを見ていた。常に冷ややかな漆黒の瞳に少しだけ光が見え、紫織はおや、と思う。
「あんたに礼を言われる覚えはない」
ぶっきら棒に言い放つとそのまま背を向けて去って行ってしまった。
きちんと伝わったのだろうか、と紫織が不安に思っていると、
「やっぱりまだまだ子供ね」
「翠さん!」
いつからそこにいたのか、翠が苦笑しながらこちらに近付いて来た。
「大丈夫よ。彼は戸惑っているだけだから。紫織ちゃんの気持ちは伝わっているはずよ」
「そうでしょうか・・・」
「あぁ見えて、まだ15歳のお子様だから大目に見てあげましょう。あの子も色々あって、素直になれないのよ」
「黎さんの事、よく分かっているんですね」
「そんな事ないわよ。でも、これから知っていきたいとは思っているわ。あの子、放っておくとすぐに一人になりたがるから目が離せないのよね」
言って、溜息を吐く翠は母親のようであり、姉のようであった。面倒見の良い翠なので黎を放っておけないのだろう。
「・・・私も、少しずつでいいので皆さんの事を知っていきたいと思います」
「そうね。焦る事はないわ。体育祭は全校生徒が参加する良い機会だからそこで皆を知っていけばいいわ」
「はい」
優しく言って笑う翠につられて、紫織も柔らかく微笑んだ。
「橙夜様、本当によろしいのですか?」
前を歩く主の背に向かって朱里は控えめに声を掛けた。こんなにも早く会議が終わる事も主が向こうの意見を呑む事も予想外だった。
朱里の後ろに隠れるようにして歩いていた紅貴も声を震わせながら言った。
「罰ゲームって、何ですか?橙夜様はもう考えてるんですか?」
「良い質問だね、紅貴。だけどまだ秘密だよ。勝ってからのお楽しみ」
「えー・・・気になります」
「じゃぁ勝つ事だね。勝てば罰ゲームが何か分かるよ」
「でも僕運動は・・・相手に毒を盛ったら駄目ですか?」
可愛らしく小首を傾げながら、けれどもとんでもなく不穏な事を口にする紅貴に鞍馬は楽しそうに目を細めた。
「それも良いけど、でもそれじゃぁつまらないだろ?毒を盛らなくても簡単に勝てる事を奴らに証明して、蒼司が悔しがる姿が見たいんだ」
想像しただけで笑える様に、鞍馬は機嫌良く寮へ足を進めながら、ふと思いついたように口を開く。
「そう言えば、今まで一度も普通の体育祭をして来なかったみたいだから、少し調べて練習しないといけないかもね」
一応体育と言う科目はあるが、射撃、柔道、空手、剣道など戦うための鍛錬ばかりでラジオ体操もした事が無かった。
「種目を直したらこちらにも新たなパンフレットを送って来ると奴らは言っておりましたわ」
「楽しみだなぁ。普通の体育祭の種目とやらは一体どんなものだろうね」
クスクスと笑いながら男子寮へと入って行く鞍馬を見送って、朱里は唇を噛んだ。
鞍馬が楽しそうにしているのはとても良い事だが、それが忌々しい九条の娘のためだと言うのが気に入らない。
「やはり・・・駄目なの?偽者では・・・」
常の自信に満ちた朱里はなりを潜め、悲しげに目を閉じる。
そして一度男子寮を見上げ、後悔を滲ませたがすぐにそれを吹き飛ばすように首を振ると、意を決したように女子寮へと足を向けた。
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