紫織の提案から1週間足らずで鞍馬側と話し合う機会が設けられた。
 鞍馬側と話し合う事自体難しいと考えていた紫織は対応の早さに困惑していた。

 だが、聞くところによると、九条側と鞍馬側は1ヶ月に最低1回はお互いに会って話し合いをしているらしいのだ。
 議題などは特に無く、争いを話し合いで解決するようにと設けられたものらしいが、当然の事ながらその機能は果たしていないらしい。

 何のための会議なのかと疑問に思うが、これを利用しない手は無い、と言う事でさっそく蒼司が鞍馬へ会議の連絡を入れたのだ。会議の日程は特に決まっておらず、毎回主催する側が場所や日程を全て決めるらしい。今月はちょうど九条側が主催となっていたので好都合であった。









 「やぁ、元気そうだね」

 後ろに片瀬の双子や何人かの臣下達を従えて、鞍馬は堂々と二つの校舎を繋ぐ渡り廊下からやって来た。
 緊張の面持ちで出迎える紫織と車椅子に座ったまま睨み付ける蒼司を交互に見て、鞍馬は艶やかに笑んだ。

 「死ぬんじゃないかと心配したんだけど、案外しぶとかったみたいだね。安心したよ」
 「貴様ごときに殺られるわけないだろう。それより、本当に武器は所持していないんだろうな」
 「会議では武器は不所持が条件だろ?ちゃんと分かってるよ」

 言いながら、着崩したブレザーをヒラヒラとさせて見せる鞍馬に、当然ながら蒼司は納得しない。
 以前、暇だったからと言う理由で会議中に突然ナイフを投げつけて来た事があった。そんな相手をどう信用しろと言うのか。

 無意識の内に、彼に撃たれた傷跡を撫でながら無言で睨んでいると、 鞍馬は大げさに溜息を吐いた。

 「何?脱いで欲しいの?」
 「そんなわけあるか!」
 「だって、武器なんて持ってないって言うのに信用しないから」
 「もういい。分かったからさっさと座れ」

 イライラした風に椅子を指差す蒼司に、鞍馬はニヤリと笑い、朱里は不機嫌そうに目を細め、紅貴はオロオロとした。

 実のところ、彼らが武器を持っていようといまいとあまり関係はないのだ。本当に武器を持っていなくても危険である事には変わりは無いからである。

 鞍馬等が席に座ると同時に、会議室のドアが勢い良く開けられた。

 「ごめんなさい、遅れたわ」

 見ると、ドアの前には息を切らせた翠と彼女に腕を掴まれ、いかにも無理やり連れてこられた感じの黎がいた。どうやら翠は黎を探していて遅れたようだ。一匹狼の黎を連れて来るなんて、さすがは翠である。

 久々に姿を見せる黎に、紫織は戸惑いつつもこれは良い機会ではないかと思っていた。彼に自分は出て行かない事、平和を願う考えを改める事は無い事、そして戦いから逃げない事を伝えなければならないと常々感じていたからだ。

 だが、その前にまずは鞍馬に自らの思いを伝えなければならない。
 一度、大きく息を吐き出してから意を決したように、紫織は前に進み出た。

 「今日は体育祭について話し合いたいと思っています」
 「体育祭?」

 ポケットから取り出したチュッパチャップスを口に放り込みながら、鞍馬は訝しげに首を傾げた。

 「はい。体育祭の種目を変更出来ないかと思いまして」

 少し不安げに、けれどもはっきりとした口調で話す紫織に、鞍馬はますます不思議そうな顔をした。
 今回の会議は紫織が言い出した事だと聞いていたので、一体どんな話があるのかと思っていたが、まさか体育祭についてだとは夢にも思っていなかった。

 「体育祭の本来の目的はスポーツによる親善だと聞きました。ですが、毎年多くの怪我人が出てスポーツどころでは無くなっていると聞いて・・・私は本来の目的どおり、高校生らしくスポーツで勝負したいと思っているんです」

 彼女の言葉に、その場にいた者の大部分は呆れたような顔をしたが、その中で鞍馬は何を思ったのか楽しげに口の端を持ち上げた。

 「へー。つまり、俺達にスポーツマンシップに則って、健全に暴力無しのスポーツをしろって事だ」
 「は、はい。一般的に体育祭とはそうあるべきです」
 「一般的にねぇ・・・いいんじゃない?」

 思いがけない鞍馬の賛成に、朱里を始め鞍馬の臣下達は驚いて声を上げた。

 「橙夜様!?そのような女の言葉に乗るなどそんな・・・」
 「まぁまぁ。最近つまらなくてね。たまには違った趣向を試すのも楽しいかもしれないじゃないか」

 鞍馬の判断はいつだって、楽しそうか否かだけである。罰ゲームにのみ興味があったが、紫織の提案で体育祭の中身にも僅かながら関心を持った。

 「スポーツで汗を流すってのも良さそうだ。想像しただけで笑える」

 鞍馬の言葉は絶対だった。不満げな臣下達も、彼のとんでもない理由による賛成に誰も逆らえない。
 時間がかかるとばかり思っていた会議が、彼の鶴の一声で3分足らずで終了してしまった。あまりのあっけ無さに紫織はしばらく信じられずに呆けてしまっていたが、

 「ただし、条件があるよ」

 鞍馬のその言葉で表情を引き締めた。これは想定の範囲内であった。簡単に案が通るとは思っていない。

 「条件とは?」
 「罰ゲームだよ。罰ゲームの期間を1週間から2週間に延ばして欲しいんだ。そっちの方が面白くなると思うんだよね」

 既に勝ったつもりでいる鞍馬に蒼司達は不快気に眉を寄せたが、ここで反対をすると勝つ自信が無いのかとからかわれそうなので何も言えなかった。
 どうしようかと蒼司を見た紫織は彼が頷くのを見て、その条件を飲んだ。

 「よし、決まり。会議も終わりだよね。眠くなってきたし、帰るよ」

 彼女がOKした瞬間に鞍馬達は立ち上がって、早々に会議室から退出していく。

 彼らを見送りながら、紫織は安堵の溜息を吐いた。











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