鞍馬の方でも体育祭は話題に上っていた。

 いつもの様に生徒会室のソファに寝転び、自らのオレンジ色の髪を弄びながら、鞍馬は小さく笑った。

 「そう言えば、もうすぐあれがあるね」
 「あれ、でございますか?」

 これまたいつもの様に鞍馬の傍に控えていた朱里は不思議そうに小首を傾げた。
 少年は彼女の様子に笑みを深くしながらゆっくりと体を起こす。

 「体育祭だよ。去年の事、覚えてるだろ?」
 「去年と言いますと・・・あ!」

 漸く朱里は記憶の糸を手繰り寄せる事に成功した。
 去年の体育祭は鞍馬側の勝利で終わった。一昨年に負けていたのでその雪辱を晴らす事が出来たと皆喜んでいた。

 鞍馬は競技に参加する事は無かったが、勝者特権である罰ゲームについては前から考えていたのか、嬉々として命令を下した――蒼司に。

 「思い出した?あれは面白かったよ・・・まさか、蒼司があんなに女装が似合うとは思わなかったし」

 言いながら、思い出し笑いをする鞍馬に朱里も微笑んだ。
 去年の罰ゲームは蒼司が1週間女装をして過ごすと言うものだった。1週間の間で様々な女装をさせては鞍馬はそれを写真に収め、罰ゲームが終わった後もしばらくからかいのネタにしていた。

 蒼司はそれを根に持っているようで、あれ以来攻撃的になり、鞍馬に容赦が無くなった。だが、それも鞍馬を楽しませる材料に過ぎない。

 「今年も実は考えてあるんだ・・・とっておきのをね。だから、分かってるよね?」
 「はい。必ず橙夜様に勝利を差し上げますわ」
 「期待してるよ」

 艶やかに笑うと立ち上がり、窓に近寄る。
 眼下には今はまだ何も準備をされていない運動場が広がっていた。









 鞍馬達が蒼司の恥ずかしい過去で笑い合っていた頃、何も知らない紫織と蒼司は出来上がった体育祭のパンフレットを眺めていた。

 「何ですか・・・これ」
 「?体育祭のパンフレットですが」
 「それは分かるんですけど、種目がおかしくないですか?」

 言って、紫織は車椅子の蒼司にパンフレットを見せ、問題の部分を指差した。

 そこには競技種目が時間と共に箇条書きされていた。それだけ見れば普通の体育祭と何ら変わりは無いのだが、問題は競技内容なのだ。

 「妨害有りリレーに死のフォークダンス・・・これは何なんですか!?」
 「どこか問題でもございますか?」
 「え!?」

 ぎょっとして蒼司を見ると、本当に意味が分からないのか切れ長の目を瞬かせている。
 訳が分からない、と一瞬呆然としたがすぐに気付いた。彼は特殊な環境の中で生活して来たのだと。普通の学校へ行った事がないのだから、普通の体育祭と言うものも分かるはずがないのだ。

 その事に気付けなかった己を恥じつつ、もう一度蒼司に、今度は丁寧に聞いた。

 「・・・すみません。えーと、妨害有りリレーとは一体どんなリレーなんですか?私の高校では無かったので分からなくて」
 「そうなのですか。妨害有りリレーとはそのままの意味で、リレー中に敵を妨害しても良いと言うものです」
 「妨害・・・あ、では死のフォークダンスとは?」
 「我らと鞍馬等が共にフォークダンスをするのです。ですが、ダンス中に攻撃を加える事が慣習となっていまして無傷でダンスを踊り終えた者は今までいないとか。他の種目も全て安全なものはありません」
 「・・・本当に体育祭ですよね?」

 あんまりな種目の数々に本気で眩暈を起こした紫織は椅子にへたり込みながら確認をする。

 「はい。体育祭です」

 何が嬉しいのか満面の笑みで頷く蒼司に益々眩暈が酷くなりながらも紫織は思った。
 体育祭を通してお互いの交流が進めば、と思っていたが大きな間違いだと。こんな体育祭をしていては交流どころではない。

 「この種目を変える事は出来ないでしょうか?」

 これしかないと思った。普通の高校で行われているような体育祭を行えば、少しは暴力も減り交流も出来るのではないだろうか。
 だが、紫織の意見に蒼司は困った様に眉を下げた。

 「種目は一応鞍馬の了解も得なければならないのです。奴が了承するかどうか・・・」
 「鞍馬さんの了承・・・」

 一気に不可能に思えてきたが、やってみる価値はあると思えた。

 「・・・無理かもしれませんが、鞍馬さんと話し合ってみます」

 だが、一人で先走ってはいけない。そうすればまた誰かが傷付いてしまうかも知れないから。











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