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 「本当にごめんなさい!!」

 地面に髪の先が付くほど頭を下げる少女を責める者は誰一人いなかった。
 彼女のむき出しの膝や腕からは痛々しく血が流れ、転んだ時の衝撃を物語っている。

 「紫織様、そのように頭を下げるのはお止め下さい。それよりも怪我のお手当てをしなければ」
 「そうよ。そんなに気にしなくても大丈夫よ。さぁ、もう一度保健室に行きましょう?」

 涙を零す主を懸命に慰めようとする蒼司と翠であったが、紫織は頑なにそれを拒んだ。

 「怪我なんてどうでもいいんです。あんなに頑張ってくださったのに私のせいで・・・」

 言いながら悲痛の表情で唇を噛む紫織が見上げた先には、両家の総合得点が大きく張り出されていた。午前中は拮抗していた得点だったが、先程の敗北で鞍馬に10点以上差をつけられてしまった。
 男女混合リレーが体育祭最後の競技だった。それに負けたと言う事は、体育祭に敗れた事、そして、鞍馬の出す罰ゲームを呑まなければならない事を意味する。

 「罰ゲームは私が全て引き受けます。自分の失敗は自分で償います」
 「そんな・・・」
 「多くの怪我人を出したのも、体育祭を取り仕切れなかった私の責任ですから」

 体育祭をやろうと言い出したのは自分だ。それを成功させられず、後味の悪いものにしてしまったのも自分・・・。これ以上皆に迷惑はかけられない。

 強い決意のもと、鞍馬に罰ゲームを聞きに行こうとしたが、二の腕を掴まれ、強く引っ張られたためそれはかなわなかった。

 咄嗟に蒼司かと思ったが、彼はこんなに乱暴ではない。では誰かと思った紫織の頭上から冷めた声が落ちてきた。

 「・・・馬鹿か」

 紫織に対しても容赦の無い言葉とノンフレームの怜悧な瞳を持つ人物は一人しかいない。

 「久我君・・・」
 「全ての責任が自分にあるなんて、格好つけるな」
 「でも・・・」
 「あんたが転ばなくても抜かれてた。負けたのは俺の責任だ。こうなる事が分かっててあんたを指名したんだし」

 黎の言い様に蒼司が食って掛かろうとするが、紫織はそれを制止し、彼と向き合った。

 「・・・あんたが本当に走ると思ってなかった」

 掴んでいた腕を放し、気まずそうに言う姿はどこか後悔しているようにも見えて、紫織は言葉に詰まった。

 「・・・は、走らないといけないと思ったんです。それで負けてしまったんですから、やっぱり私が責任を取るべきなんです。頼りないかもしれないですけど、私は九条なんですから」

 心に浮かんだ言葉をつい口に出して、ハッとする。今まで九条家の歴史や使命、時期当主と言う立場についてどこか曖昧で自覚が無かった。
 なのに、何時の間にか九条家の者、上に立つ者としての自覚が芽生えている。気付かなかった自分の深層心理に不思議な感覚を覚えながらも不快感は無い。

 「ですから・・・あれ?」

 突然照りつけていた太陽から遮られ、辺りが暗くなったな、と思ったら背後に紫織を覆い隠すほど大きな人が立っていた。

 「取り込み中悪いけど、いいかな?」

 いつの間にか鞍馬が気配を殺して紫織達のすぐ傍まで来ていた。一瞬にして戦闘態勢に入ろうとする臣下達を慌てて留めながら、顔だけ鞍馬へ向けた。

 「何か御用ですか?あ、もしかして罰ゲームについてですか?」

 悪戯を仕掛ける少年のような顔をしている鞍馬にすぐにピンと来た。
 鞍馬は頷くと、風で乱れたオレンジ色の柔らかそうな髪を撫で付けた。

 「紫織ちゃん、君が一人で罰ゲーム受けるって聞こえたけど、それでいいんだよね?」
 「はい」

 誰かが遮るより先に大きく頷く少女の瞳にはもう涙は浮かんでいなかった。

 「私一人で出来る罰ゲームをお願いします。皆さんに迷惑はかけたくないんです」
 「ちょうどよかった。最初から罰ゲームは紫織ちゃんにしか関係ないものだったから」

 にっこりと、善良そうに笑う鞍馬に蒼司は嫌な予感しか感じていなかった。
 紫織だけに関係する罰ゲーム、そして期限を2週間に延ばした理由――これが意味する事とは果たして?

 いつも面白そうだから、と言う理由で突拍子も無い事を平気でする男だ。ほとんど愉快犯のノリを知っているだけに不安は一層強まる。

 だが、それを知らない紫織は素直にホッとしていた。

 「良かったです。それで、罰ゲームとはどう言うものなんですか?」
 「ん?簡単だよ。君が俺達のところに来ればいいだけだから」

 鞍馬の言葉を聞いた者達は様々な反応をした。驚愕、呆然、疑惑、敵視――多くが驚愕する中で紫織は疑惑を持った。

 「それはどう言う事ですか?そちらの校舎にお邪魔すればいいんですか?」
 「違うよ。2週間、こっちで生活するって事」
 「・・・え?」
 「じゃぁ明日からよろしくね、紫織ちゃん?」

 軽くウインクをして去って行く細身の背中を呆然と見送る紫織の背後で、蒼司は気も狂わんばかりに絶叫していた。











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