「敵襲です!」

 穏やかな雰囲気に包まれていた室内は、廊下から聞こえてきた悲鳴に一瞬にして凍り付いた。
 いち早く反応したのは蒼司であり、目にも留まらぬ速さで部屋から飛び出して行った。勿論右手には日本刀が握られている。

 「どうした!?」
 「え、蒼司様・・・?」

 女子寮の紫織の部屋から現れた少年に、少女は一瞬戸惑ったが、すぐにその場に跪いた。

 「ご報告致します。鞍馬が我らの校舎へと侵入をし、生徒会室を占拠したとの情報が入って参りました」

 蒼司の漆黒の瞳が剣呑な光を帯びる。
 両校舎への行き来は固く禁止されており、定期的に開かれる会議以外での立ち入りは許されるものではない。それなのに、こうも大胆に侵入するとは、蒼司も考えていなかった。

 元々鞍馬は好戦的だったが、昨日といい、紫織が学校へ来た途端に激しさが増したのは気のせいではないだろう。


 ――本気で戦争をするつもりなのか・・・?


 ふいに恐ろしい考えが脳裏を掠めたが、すぐに振り払うと今だ膝をつく少女を厳しい眼で見下ろす。

 「・・・数は?」
 「数は不明ですが、片瀬の双子が鞍馬についているそうです」

 片瀬、と聞いて少年の眉間に皺がよる。片瀬家は鞍馬家に仕える臣下の筆頭であり、御三家の一つである。鞍馬への忠誠心は厚く、非常に戦いづらい相手だ。

 「・・・生徒会室を占拠されたと言ったが、被害は?」
 「はい。朝の見回りの生徒が5名負傷しましたが、どれも重症ではありません」
 「そうか。俺もすぐに向かう」

 言うなり、踵を返した少年の目に不安げにこちらを伺う紫織の姿が映った。

 「紫織様・・・」

 少女は迷ったように視線を動かした後、おずおずと部屋から出て来る。

 「敵襲って・・・本当ですか?」
 「はい、これから私が応戦して来ます。危険ですので紫織様はここに居て下さい」
 「・・・」
 「では、行って参ります」

 俯く少女に、深々と頭を下げた次の瞬間には少年は駆け出していた。

 「あ・・・」

 小さくなって行く背中に紫織は短く声を漏らすと、しばらく考え込むように押し黙っていたが、やがて拳を固く握り締めた。









 一方、生徒会室では鞍馬が我が物顔でソファに腰を下ろしてくつろいでいた。

 「ちょっと早すぎたみたいだね。雑魚ばかりでつまらないよ」

 大きな欠伸をしながらポケットからチュッパチャップスを取り出すと勢いよく口に放り込む。心地よい甘さが広がって、鞍馬は目を細めた。

 「早くあの子来ないかな。せっかく君達を紹介しようと思ったのにさ」

 部屋の隅に視線を向けると、良く似た背格好の二人組みが飛び込んで来る。
 一人はいつも彼の傍に付き従え、切りそろえた黒髪をポニーテールにしたキツメの美少女、朱里である。そして、朱里の後ろに隠れるようにして控えているオカッパの少年は、彼女の双子の弟、紅貴(こうき)だった。

 二人は似通った背格好と容姿を持っていたが、性格は正反対であった。
 いつも凛として華やかな朱里と、彼女に頼って怯えてばかりいる紅貴――この二人を鞍馬は事のほか気に入っていた。

 幼い頃から共に生活して来た事に加えて、双子であるのに全く違う性格を面白く感じていたのだ。

 いつもそうであるように、今日も朱里に隠れて震える少年に、鞍馬は苦笑する。

 「そんなに怖がらなくてもいいよ、紅貴。挨拶なんだから気楽にね」

 突然声をかけられた紅貴は一瞬、肩を大きく震わせると、恐る恐る少女の背中から出て来る。

 「でも・・・僕は今まで敵と近くで話した事なんてないし・・・」
 「紅貴!橙夜様に対してなんて口の聞き方を!」
 「す、すみません・・・」

 これもいつも通りの光景だ。鞍馬は薄く笑みを漏らすとソファに寝そべった。彼がいつも寝転んでいるそれとは少し異なる感触に目を瞑って口中で飴玉を転がす。

 一見すると紅貴は御三家の人間とは思えないほど頼りないが、実は一族の中でも最も期待されている存在だ。気弱で体力も無いに等しいが、それに余りあるくらい頭が良いのだ。毒薬や爆弾を作らせたら彼の右に出る者はいない。

 その能力は鞍馬も認めているので寛容になれる。

 「気にしなくていいよ。・・・それよりも、そろそろだね」

 言って、鞍馬が目を開けるのと同時に朱里も身構える。
 どんどんと近付いてくる足音と殺気は3人のいる部屋の前でピタリと止った。

 そして、ゆっくりと鞍馬が身を起こすと、蹴破るようにしてドアが勢い良く開いた。  











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