朝日が昇り、紫織達の休む部屋も明かりが射し込む頃、小さなノックの音が静まり返る部屋の中に木霊した。

 「姫様?起きてますか?」

 そっと声をかける少女、翠はもう一度ノックをすると耳を澄ませた。
 部屋の中からは返事は勿論の事、何の音もしない。まだ寝ているのだろうか。時計を見ると、もうすぐ朝食の時間である。彼女が食堂で食べるか自室で食べるか分からないので聞こうと思っていたのだが。

 「姫様?」

 強めに扉を叩いても、何の反応も無い。翠の脳裏に不安がよぎる。
 彼女の部屋のセキュリティはまだ完全では無い。敵襲があれば自分も気付くはずなのだが、ひょっとして、があるかもしれない。

 「姫様、入ります!」

 思い切ってドアのぶを回し、部屋の中に飛び込む。護身用のナイフを咄嗟に構えて辺りを見渡してから、翠は目を丸くした。

 「・・・蒼君?」

 ベッドで仰向けに眠る紫織の傍らに、蒼司がいたのだ。

 「な、何で・・・」
 「何奴!?」

 動揺する翠をよそに、少年は、目を覚ますと傍らに置いてあった日本刀を手にして立ち上がった。
 だが、無意識の内に鞘から刀を引き抜こうとした刹那、呆然とする翠と目が合う。

 「・・・翠・・・?」

 今度は蒼司が呆然とする番であった。ポカンとする彼を眺めながら、翠は段々と状況を把握してきた。
 ここは女子寮であり、非常時以外は男子禁制のはずだ。今は非常時とも思えない。と言う事はつまり――

 「・・・夜這い?」
 「違う!」

 物騒な一言に、蒼司は反射的に声を荒げて反論した。夜這いなどでは決してない。初めからここにいたのだから。

 そう言うと、翠はますます胡散臭そうに目を細めながらナイフを撫でる。

 「夜這いより酷いわ。蒼君の姫様に対する思いは、ただの忠誠心からだと思っていたのに・・・いやらしい」
 「違うと言っているだろう!部屋の警備が万全でないので、万が一に備えて俺が傍で紫織様をお守りしていたんだ!立派な忠誠心からの行動だ!」
 「ふーん?」

 鈍く光るナイフを脅しのようにちらつかせながら、未だ疑いの眼を向ける翠に蒼司はますます焦りながら反論しようと口を開きかけた。

 「・・・うーん・・・?」

 だが、その言葉はすんでのところで飲み込まれた。あまりの喧騒に、疲れ果てて深い眠りにいた紫織が起きてしまったのだ。

 目を擦りながら、億劫そうに身を起こす彼女に蒼司が声を掛けるより先に、翠が動いていた。
 すばやくベッドに近付くと、少女の肩を掴んで不安げに尋ねたのだ。

 「姫様!貞操は無事ですか!?」
 「・・・え?」









 「元はと言えば、蒼君が悪いと思うの」

 コホンと咳払いを一つして、翠は横目で蒼司を見た。

 「俺はやましい事などしていないと言っただろう。早とちりをしたお前が悪い」
 「姫様の部屋で寝る方が悪いわよ。本当にデリカシーの欠片も無いわね」
 「カタカナ語を使うのは止めろ」

 高校生らしく言い合いをしている二人を、紫織はベッドの中で眺めながら、驚きを隠せずにいた。こんな蒼司を見るのは初めてだったからだ。
 彼女の前では常に冷静で、とても高校生には見えなかった彼が、今は別人のように見える。一体彼女は誰なのだろうか。

 紫織のもの言いたげな視線に気付いた翠は、文句を言う蒼司を無視して、彼女に向き直った。

 「挨拶が遅れてすみません。私は柊翠。柊家の娘で、蒼君とは幼馴染なんです」
 「柊家は確か・・・」
 「はい、御三家の一つです。当主は兄が継ぐ予定ですけど」

 柔らかく微笑む翠に、不思議な安心感を覚えた紫織はおずおずと切り出した。

 「翠さんの方が年上ですから、敬語は止めて頂けませんか?出来れば、姫様と言う呼び方も変えて欲しいんです」

 同じ事を蒼司にも言ったが、無駄だったので半分諦めの気持ちで紫織は訴えた。
 だが、翠は初めこそ驚いた風だったが、すぐに嬉しそうに目を細めた。

 「分かったわ。じゃぁ紫織ちゃんって呼ぶわね」
 「おい!?」

 慌てたのは蒼司である。主に対してため口で接し、あまつさえちゃん付けなど、彼にとっては眩暈すら覚える事態だ。

 「紫織ちゃんがいいと言ったからいいでしょう。本当に頭が固いんだから」
 「お前・・・」
 「もう大丈夫よ。明日からは私と寝ましょう。紫織ちゃんの安全は私が守るわ」

 言い争いをしても無駄だと悟った翠は彼をスルーして紫織の手を握る。

 「これからよろしくね」
 「は、はい!」

 嬉しくなって、紫織も手を握り返しながら何度も頷いた。ここに来て初めての安らぎを感じていた。


 だが、その安らぎもつかの間でしかなかったのだと彼女はすぐに思い知る事になる。    











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