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「・・・やっぱり変よね」
布団の中で紫織が不満そうに呟く。
時計は深夜1時を回っている。紫織は寮に用意されていた自室のベッドで休もうとしていた。ここまではごく普通の光景なのだが――
「これじゃぁ眠れません」
起き上がって、ドアの前に目を向けると暗闇の中にぼんやりと人影が見える。
紫織の問いかけに影はゆっくりと動いた。
「どうかなさったのですか?」
影もとい蒼司はそう言って、ベッドの上の少女を見た。少年は夜目が利くので彼女の姿がはっきりと目に映る。その少女の顔が困惑気味に引きつっていたので彼は首を傾げた。
「蒼司さんが気になって眠れないんです」
「どうぞ私の事はお気になさらず」
あっさりと言うが、紫織の神経は彼を無視して安眠出来るほど太くはない。
「あの・・・本当に私は大丈夫ですから休んで下さい。このまま一晩中起きているんですか?」
「いえ。紫織様がお休みになれば私も眠ります。ですが、ご安心下さい。少しでも危険があればすぐにでも目覚めますので」
そう訓練されています、と胸を張って言う蒼司に紫織は軽く眩暈を覚える。
彼は自覚していないかもしれないが、それは一種の脅しだった。自分の身を案じるならば早く眠って下さい、と彼は言っているのだ。どうあがいても部屋から出て行く気は無いらしい。
「・・・男の人が傍にいると落ち着かないんです」
それは、紫織にとって最後の切り札と言えるものだった。いくら蒼司と言えども、このくらいはっきりと言えば彼女の気恥ずかしさを理解してくれるはずだった。
だが、彼は男である前に蒼司だった。
「私など置物とでも思って下されば良いのです。紫織様が気になさるほどの存在ではございませんので」
そう思えないから眠れないんです、とも言い返せずに紫織はげんなりと時計を見る。もうすぐ深夜2時になってしまう。
いい加減に体も頭も疲れて、眠りを欲している。
「本当に、私は一人でも大丈夫ですから」
クラクラする頭で少し強く言い放つと、
「では、敵襲があったらどうするのですか?」
今までに無いほど真剣に蒼司は言い返す。
「警備が不十分なこの部屋で紫織様お一人では危険です。敵襲があったとして、撃退出来ますか?」
「それは・・・」
「無理でしょう。あなたはまだ何の訓練も受けておりません。部屋の外では気付くのが遅れるのでこれが最も効果的なのです」
「訓練?」
「はい。我々は幼い頃より剣道や柔道など様々な武道を習って参りました。紫織様もこれから鍛錬を積む事になります。早ければ明日からでも始めたいと思っております」
さも当然だと言うように淡々と言う蒼司に、紫織は布団の中で身じろぎした。
「私は人を傷つけるための訓練なんて受けたくはありません」
和平を求めているのに、それは間違っていると強く感じたのだ。
「ですが、お守りするにも限界があります。紫織様ご自身が少しでも戦える状態であれば臣下達も安心致します」
「でも・・・私は・・・私は、戦いなんて・・・」
「・・・この話はまだ後日致しましょう。もうお休み下さい」
小さく頷くと、無言で横たわる少女に、少年はもう何も言わなかった。
お互いに話を止めて数分経つと、ベッドから静かな寝息が聞こえて来た。
蒼司は閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げ、音を感じさせない俊敏な動作で立ち上がる。
そして、そっとベッドに近寄ると眠る少女を見下ろした。
「・・・紫織様」
苦しげに眉根を寄せて眠る主の姿に目を細めると、顔にかかっていた髪を払ってやる。
よほど疲れていたのか、紫織は眠りの世界の深くに沈み込んだまま、目を覚ます気配は無かった。
蒼司は彼女の臣である。彼女の命令、望みならば何でも従うつもりだ。だが、彼女が危険に晒されるものだけは了解出来ない。
どれほど紫織が嫌がっても、蒼司は部屋から出る事は無く、武道の訓練もさせなければならない。
これも、全て九条家のため・・・だから――
「貴様には指一本触れさせない」
唸る様に言うと、背後の窓に鋭い視線を走らせる。
すると、彼の言葉に反応するように窓がカツンと小さく音をたてた。
しばらくの間、窓を射る様な目つきで睨んでいた蒼司だったが、ベッドから漏れた小さな声にハッとして振り返る。
紫織が目を覚ましたかと思ったが、どうやら寝返りをうっただけのようだ。
安堵の息を吐いて、少年は日本刀を持つ手に力を込めた。
「・・・俺は、あなたを守り切れるだろうか」
彼が初めて見せた弱音は、しかし漆黒の闇に静かに溶けて消えた。
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