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「待ちなさい」
静かな廊下に、少女の有無を言わさない声が冷たく響く。
廊下を一人歩いていた少年はその声に一瞬反応を示したが、足を止める事は無かった。
「止らないと、撃つわよ」
ぎょっとするような一言と、背後から感じる強烈な殺気に、ついに少年は歩みを止めて振り向いた。
少年の目に映る少女は言葉通り物騒な銃を手に構えていた。
「・・・それは遠距離用では?」
彼女が持っているものは狙撃用のものであり、至近距離から撃つには適さないものだ。
「撃とうと思えば撃てるわよ?」
「ふぅ・・・話は何ですか」
少年が完全に向き直って話を聞く体勢にある事を認めた少女は銃を下ろした。
「分かっているでしょう?」
「・・・俺は間違った事は言っていませんよ」
言って、先程紫織を認めないと公言した少年、久我黎は薄く笑んだ。
全く反省していない様子に、翠は軽く息を吐きながら彼が自分よりも年下の高校1年生である事を思い出す。
「あなたはもう少し大人だと思っていたけれど」
「俺だってそう思っていましたよ。だけど・・・」
紫織の言葉を思い起こしているのだろう、彼は思わず、と言う風に顔を歪めて唇を噛み締めた。
「許せなかったんですよ。女なんて、と思っていましたが、あれは論外です」
「姫様はまだ何も分かっていらっしゃらないのよ。それと、女なんて、と言う言葉は撤回して欲しいわね」
セーラー服には不釣合いな銃を馴れた手つきで背中に収める翠に、黎は恭しく頭を下げた。
「それは申し訳ありませんでした」
小馬鹿にしたような態度に、翠はますますムッとしながらも努めて冷静な話し合いを求めた。
「あなたは御三家の一人なのよ?しかも私とは違って、いずれ家を継ぐ身。そのあなたが反対すればどうなるか・・・味方同士で対立する気?」
「まさか。俺の目的はただ一つ・・・奴らを潰す事だけですよ」
言い切った少年の切れ長の目に例え様のない憎しみの色を見て、翠は久我家の事情を思い出した。
「あなたの気持ちは分かるけど、でもそれじゃぁ・・・」
「止めて下さい。説教はもうたくさんですよ」
吐き捨てるように言うなり、踵をかえす少年の背中には全てのものを拒絶する頑なさが見て取れた。
このまま彼を放っておく事は、御三家の人間としても、翠自身の気持ちとしても出来なかった。皆で仲良く、と言うわけではないが、数少ない仲間なのだから頼って欲しい。
しかし、少年は翠の心中を知ってか知らずか、馴れ合いはごめんとばかりに、
「心配しなくても、奴らを倒すための協力は惜しみませんよ」
言い捨てて、足早に立ち去って行く。
小さくなっていく背中を、翠はこれ以上引き止める事は出来なかった。
「大丈夫ですか?紫織様」
何十回目とも分からない台詞に紫織は苦笑しながらも頷いた。
騒然とする臣下達を収めた後、蒼司は紫織を連れ出した。本来ならばもう少し交流を図るべきであったのだが、黎の発言のためにそれが出来なくなってしまった。
予定を少し変更をして、今は紫織がこれから暮らす事になる寮へと向かっている。
「あの者の言った事はお気になさらないで下さい。私がきつく言っておきます」
「いえ。あの人が言った事は正しいと思います・・・私が性急過ぎました」
受け入れられない人もいると分かっていたはずなのに、急ぎ過ぎたと思う。もう少し色々な事を理解してから話すべきだったかもしれない。
和平と言う目的のためには、まず紫織が九条家の次期当主として認められなければならない。臣下達から信頼されなければ到底和平なんて不可能だ。
「私がいつでも紫織様をサポート致します」
「・・・ありがとうございます」
いつまでもくよくよはしていられない。蒼司のように言ってくれる人もいるのだから。
紫織が胸中で自らを叱咤している内に、目的の寮へと着いた。校舎に近接しているその施設は、寮と言うよりもアパートのような外観で、とても住みやすそうである。
「こちらが女子寮で、向こう側にある建物が男子寮となっております」
女子寮と男子寮の造りは全く同じで、寮と寮の間には壁が設けられており木製の小さな扉で行き来が出来るようになっていた。
「紫織様には最上階の特別室をご用意致しました」
「え?特別室だなんて・・・私も皆さんと同じでいいですよ」
「そうはいきません。いつ何時敵襲があるか分かりませんので」
「敵襲・・・」
「本来ならば、窓は防弾ガラスで扉も特別製のものをご用意するはずだったのですが、時間がなかったのでまだ防犯は完璧ではないのです」
アメリカの大統領を守るかのような警備に呆気に取られる紫織には気付かずに、特別室の重要性について切々と語っていた蒼司は最後にとんでもない事を言ってのけた。
「そう言うわけですから、紫織様がご就寝中は私がお傍でお守り致します」
・・・・・・・。
「はい!?」
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