鞍馬は口を閉じると、再び顔に笑みを貼り付け紫織を促すように見る。
 しかし紫織は完全に目の前の少年に気圧されており、唇は震えるばかりでとてもじゃないが自己紹介が出来る状態ではなかった。

 主の怯えを瞬時に感じ取った蒼司は素早く彼女の前に出ると、愛刀を鞍馬に突き付ける。

 「貴様・・・九条を滅ぼすだと?ふざけた事をぬかすな」

 蒼司の鋭い刃を、持っていた短銃で軽々と受け止めながら、鞍馬は鼻で笑った。

 「むきになるなよ、大人げないなぁ。そんなだから背が伸びないんじゃない?」
 「なっ・・・!?」

 珍しく蒼司が狼狽するのを彼の背中を見ながら気付いた紫織は首を捻った。背が、伸びない?

 今まで彼の背など気にした事は無かったのだが、改めて考えてみる。
 紫織の身長は156センチであり、体の線も細いので小柄な方だろう。蒼司はもちろん自分より背が高いのだが、彼は170センチほどで、いわゆる平均的な日本男子の身長だと思われる。
 対して、スラリと伸びた手足から、ゆうに180センチはありそうな鞍馬である。確かに彼に比べれば蒼司は小柄と言えるのかもしれない。

 「貴様に俺の背をどうこう言われる筋合いはない!」
 「あはははは。むきになっちゃって、相変わらずからかい甲斐があるなぁ」

 怒りに頬を染めながら刀を握る手に力を込めるが、鞍馬は面白そうに笑うばかりで全く気にもとめていない様子だった。背は蒼司にとって爆弾だったようだ。

 「そんなに怒るなよ。彼女が挨拶してくれたら帰るって」

 それは、裏を返せば紫織が自己紹介しなければいつまでもこのままだと言う事だ。二人のやり取りを見ている内に落ち着きを取り戻して来た紫織は小さく息を吐くと、再び前に進み出る。

 「私、は・・・九条紫織と言います。九条家の時期当主、で紫の名を持っています・・・ですが、私はあなた方と争うつもりはありません」

 思いがけない少女の言葉に蒼司も鞍馬も驚いたように動きを止めた。

 「両家の間に何があったとしても、争いなんて、私は嫌です。どうにか和解出来ればと思っています」
 「紫織様!?」
 「へー。それ、本気?」

 驚愕する蒼司とは対照的に、鞍馬は笑みを引っ込めると冷めた目で紫織を見下ろす。
 痛いくらいの視線に耐えながら、紫織は自らを叱咤するように拳を強く握った。

 「本気です。少なくとも私は、争うつもりはありません」

 しばらく紫織の内心を推し量るように、鞍馬は無言で彼女を見つめたが、それが本心だと分かると乾いた笑いが口から出た。

 「はっ・・・とんだ平和主義者だな。そんな事出来ると本気で思ってる?」
 「思っています」
 「こんな事されても?」

 言うなり、額に冷たい感触を感じ、紫織は反射的に息を呑んだ。危険を知らせるように耳鳴りが聞こえる――この感覚には覚えがあった。
 銃を突きつけられる事は初めてではないが、慣れる事は無い。むしろ恐怖が増して行く。

 「俺が引き金を引けば、終わり。それでも何もしないの?」
 「紫織様!」

 青ざめた蒼司を制しながら、少女はそれでも震える声で、言った。

 「しません」

 漆黒の瞳に浮かぶ強い光を認め、それがどんな事をしても揺るがないと知ると、鞍馬は一つ息を吐いてゆっくりと銃を下ろした。

 「・・・つまらないなぁ。俺はこれからぞんぶんに戦えるって期待していたんだけど」
 「・・・」
 「でもいいか。君の意思に関係なく、争いは激化するよ。君は嫌でも他の奴らは違う、お互いを心底殺したがってるからね。そのくらい両家の確執は深いんだよ。和解なんてとうてい無理」

 諭すように言う彼の真意が分からず困惑しながら顔を上げると、鞍馬が長身を折り曲げ、そっと耳打ちをする。

 「だけど、これだけは覚えてて。君は、俺が殺すから」
 「っ・・・!?」

 銃を突きつけられるよりも強烈な恐怖は、けれども僅かな甘みをはらんで紫織の脳内に焼きついた。
 不思議な感覚に捕らわれつつも、反射的に距離を取ろうとした刹那、蒼司が今にも切り殺さん勢いで二人に割って入る。

 「破廉恥な!紫織様から離れろ!」
 「ハレンチって・・・いつの時代だよ」

 呆れながらも紫織から体を離すと、校舎の中心にある大きな時計を見上げて鞍馬は心底めんどくさそうに頭をかいた。

 「もっと遊んでいたかったけど、ここまでだね。そろそろ戻らないと皆が心配してここに乗り込んで来るかもしれないし」

 言いながら銃をしまう――しかしそれはあまりに早くて紫織には彼がどこに銃をしまったのかまるで分からなかった――と軽やかに手を振って、去って行ってしまった。

 風のような人だ、と思いながら見送っていると、ふいにガクンと膝から崩れ落ちる。砂の感触がダイレクトに膝に伝わって少し痛みが走り、自分が今座り込んでいる事に気付く。

 「紫織様!大丈夫ですか!?」

 慌てる蒼司の声を遠くに感じながら、紫織は自分がどれほどの恐怖と緊張を感じていたのかを改めて知ったのだ。











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