「到着致しましたよ、紫織様」

 ぼんやりと物思いに耽っていた紫織は運転手の声にハッと我に返る。
 気が付くと既に車は止っており、蒼司がドアを開けて彼女が降りるのを待っている状態であった。

 「す、すみません」

 着いた事を気付かないほど思考の海の中に沈み込んでいたらしい。蒼司を待たせてしまった事に申し訳なさを感じつつ慌てて車から降りる。
 車外へ出るとすぐに目の前に飛び込んで来た光景に思わず感嘆の声を上げた。

 「わぁ・・・ここが学校なんですか・・・?」

 紫織が驚くのも無理は無い。彼女が通っていた学校はごく普通の公立高校だったが、眼前の一色学園は高校とは思えないほどの広さだった。

 「はい。今見えているのが我々の校舎、体育館、寮です・・・そしてフェンスの向こう側は鞍馬の者達が通う校舎があります」

 そこで一旦言葉を切ると、蒼司は右腕を上げて校舎の一点を指差した。

 「あちらに渡り廊下があるのが見えますか?あれが唯一、我らと鞍馬の校舎を繋ぐものです。普段は出入りが禁止されていますが、必要に応じて両校舎を行き来する事が出来ます」

 彼の指が示す先を振り仰ぐと、校舎の横から伸びたコンクリートの円柱が高いフェンスを越えて、もう一つの建物にくっついていた。紫織の高校でも1、2年が使用する旧校舎と3年が使用する新校舎を繋ぐために渡り廊下が設けられていたので別段不思議は無かったのだが、敵対する者同士の校舎の行き来をわざわざ出来るようにする必要はないのではないか。

 そう考えて、素直に蒼司に尋ねてみると、彼は苦笑した。

 「私もそう思いますが、時には話し合いをする必要もありますし、全く出入り不可能とすると人は入って来たくなるものです。昔はあの渡り廊下も無かったようですが、フェンスを乗り越えてよくお互い襲撃し合ったようです」

 フェンスも勿論人が登れる高さではなく、有刺鉄線なのだがそんな事は彼らにとっては関係ないらしい。

 「あの廊下を作ってからは無理な襲撃も減ったようで、毎日小競り合いはどこかでありますが、人の命に関わるほどの事件はあまり起こっていません」

 その言葉を聞いて、改めて安堵の息を少女は漏らしたが蒼司の次の言葉に彼女の安堵は一瞬の内に消し飛んでしまう。

 「ですが、九条と鞍馬の両家の直系が揃えばそうはいきません。これまでの小競り合いなど比にならない争いが起こるでしょう」
 「そんな・・・」
 「勿論私がお守り致しますが、紫織様も十分お気をつけ下さ・・・」

 パン!

 蒼司が最後まで言い終わるより先に甲高い音と共に足元の石が大きく跳ね上がった。

 「きゃぁ!?」

 紫織が反射的に声を上げて目を閉じるのと、蒼司が彼女の体を抱き寄せて刀を抜くのはほぼ同時であった。
 少女はまだ何が起こったのか分からないでいたが、少年はすぐに銃撃されたのだと気付いた。一人ならばどうにでもなるが、今は腕の中の主の無事が最優先だ。何とか彼女だけでも銃弾が届かない所へ移動させなければいけない。

 必死に頭を働かせて、敵の位置を知ろうと目をせわしなく動かしていると、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 「久しぶりだね、蒼司。俺に気付かないなんてどうしちゃったんだい?」

 緊迫した雰囲気の中に全くそぐわない陽気な声で現れた人物を、紫織は蒼司の腕の中から見上げた。

 随分派手な人だと思った。オレンジ色の癖毛の髪の毛もそうだが、耳に付けられたピアス、着崩された制服はいかにもどこにでもいる高校生だ。派手なのは格好だけでなく、その顔もまた華やかだった。
 二重の大きな目やすっと通った鼻筋でかなり整った顔をしており、女性がほうっておかないだろう。

 だが、紫織は彼にときめくどころか恐怖を抱いた。彼の右手に見える黒い物体――拳銃のせいだ。先程の音の正体はおそらく銃声だろう。

 「鞍馬、貴様許可も無くこちらに立ち入るとは・・・何を考えている」

 抱き寄せた紫織を後ろにかばいながら、刀を持ち直して体勢を立て直す。
 警戒心をむき出しにする蒼司にわざとらしく両手を挙げながら、鞍馬と呼ばれた少年は大きな目を僅かに細める。

 「やだなぁ、ただ俺は挨拶に来ただけだって・・・紫織ちゃんにさ」
 「え?」

 思いがけず名前を呼ばれて、少年の背中から少しだけ顔を覗かせると大きな瞳と視線がかち合った。

 「!」

 バチッと音でも出しそうな交わり方に焦って顔を伏せると、鞍馬は酷く楽しげに口の端を持ち上げた。

 「可愛い反応だなぁ。敵でなければ、ぜひお近付きしたかったけど・・・残念」

 けれども少しも残念そうな顔を見せずに微笑むと、ゆっくりと二人に近付いて来る。勿論手には銃を持ったままだ。
 蒼司はますます警戒を強めたが、鞍馬は彼の刀が届かないギリギリのラインで足を止めた。

 「攻撃する気はないよ。さっきのは、ほんの冗談だって」
 「冗談で銃撃されてはたまらない」

 至極当然の返答を受けて、鞍馬は面白そうに笑いながら、顔を彼の後ろに隠れている紫織に向けた。

 「いつまで隠れているつもり?お互い初対面なんだから自己紹介をしないと。これから長い付き合いになるんだしさ」

 その声は明るかったが、有無を言わさぬものがあった。出て来い、と言外に告げている事は明らかで、少女は怯えながらもその声に逆らえずにおずおずと前に進み出た。

 「紫織様!危険です、お下がり下さい!」
 「外野は黙ってなよ・・・さて、まずは俺からかな」

 鋭く言って、少年の端正な顔が引き締まる。彼の薄茶の瞳が高校生のそれから鞍馬家時期当主のものへと変貌する。

 駄目だ、と紫織は思う。

 「俺は、鞍馬橙夜。鞍馬家を継ぎ、橙を背負う者・・・そして、いずれ九条を滅ぼす者だ」


 彼の圧倒的な威圧感に今にも逃げ出してしまいそうな自分は、きっと彼には適わない。        











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