「行って参ります、紫郎様」

 蒼司が頭を下げるのを横目で見て、慌てて紫織も倣うと紫郎は神妙な顔をして頷いた。

 「頼んだぞ」

 一言、蒼司に言うなり踵をかえして屋敷に入ってしまう祖父の背中を無意識の内に追っていると、少年が手を差し出す。

 「参りましょう、荷物は既に車に積んでございます」

 優しく目を細める蒼司は今は着物ではなく学生服を着ていた。古風な詰寄りの学ランである。いつもの着物に比べると随分印象が違い、年相応に見えるのだが腰に挿した日本刀が彼がただの学生ではない事を表していた。

 対する紫織も今は学校指定のセーラー服を身に纏っている。黒い制服に紺のソックスはやはり古風で清楚な雰囲気を醸し出している。ただ、日本刀は挿していない。蒼司に強く勧められたが断ったのだ。

 少年の手を取ると、丁寧に門の前に止っていた車までエスコートされる。
 運転手にドアを開けてもらい、後部座席に蒼司と二人で乗り込むとすぐに発進する。

 運転席と遮断された後部座席は息苦しさも感じられないほど広く、高級感が素人の目から見ても分かる。九条家が現代でも名家であると嫌でも思い知らされ、紫織は自然と体を硬くしてしまう。

 「どうかなさいましたか」

 気遣わしげな蒼司の視線にますます体を小さくしながら俯く。

 「・・・不安なんです」

 何が、と言わなくてもその一言だけで蒼司は全てを察したようで、彼女を励ますように柔和な笑みを顔に乗せる。

 「何があっても私がお守り致します」
 「でも・・・」
 「校舎でも寮でも常にお傍におりますのでご安心下さい。紫織様はただ学校生活を満喫して下されば良いのです」

 言いながら蒼司もそれは不可能な事はよく分かっていた。九条家時期当主と言うだけで彼女の存在は学校では特別なものとなる。
 一方ではかしずかれ、もう一方では命を狙われるのだ。挨拶と称して仲間を傷つけた鞍馬の行動から察するに紫織に対しても悪意の銃弾が向けられるだろう。

 言葉通り、常に傍にいなければ何が起こるか分からない。しかし、学年の違いや性別の違いからそれは難しいだろう。もしものために紫織の入るクラスには蒼司が選別した腕利きのものを用意し、ガラスを防弾の物に替えた。何か起こったらすぐに自分へ連絡が来るようにもした。

 問題は寮である。女子寮と男子寮は別れているが、それでは紫織を守る事は出来ない。彼女の部屋は既に決まっており、特別室が用意された。その隣は翠の部屋となっているが、自分が代わりにその部屋に移るべきではないか。

 ――翠は説き伏せればいい。だが、果たして隣と言うだけで安全と言えるだろうか。

 窓から入って来て、紫織の口を防がれたら気付かない可能性がある。カメラを仕掛けると言う手もあるが紫織に負担はかけたくない。

 「・・・蒼司さん?」

 ――就寝時だけ紫織様の部屋で控えようか。いや、だがそれでは・・・

 「あの、蒼司さん?」
 「!」

 紫織の呼びかけにようやく我に返る。慌てて隣を見ると少女が困惑したようにこちらの様子を伺っていた。

 「大丈夫ですか?何か考え込んでいるようでしたけど・・・」
 「申し訳ありません、大丈夫です」

 主に心配をかけるとは、と反省する蒼司を見つめる紫織は知らない――まさか目の前の少年が夜自分と同室で過ごすかどうかで悩んでいたとは。

 蒼司は考え込んでいた中でいつのまにか入っていた肩の力を抜いて、愛すべき主に不安を与えまいと話題を変えた。

 「時間のゆとりもございますので、学校へ着いたらまず寮へご案内します」
 「寮ですか?」
 「はい。その後校舎をご案内してから紫織様に仲間達をご紹介します」
 「仲間・・・」
 「九条家を主とする者達でございます。皆紫織様にお会い出来るのを楽しみにしております」
 「そうですか・・・」

 間宮と柊と久我の御三家の他に九条の抱える多くの家がある。それらの者全てがいずれ紫織に仕える事になるのだ。
 彼らと会う事は紫織にとっては負担でしかない。自分はきっと彼らを失望させると分かっているからだ。

 女で、戦えなくて、九条家の事を何も知らない。こんな時期当主、きっと皆不満に思うはずだ。

 ――私では無理だわ・・・。

 始める前から無理だと決め付けてしまうのを止められない。蒼司に気付かれないように窓の外を見るそぶりをしながら紫織の顔は学校が近付くたびに曇っていった。











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