誰もいない学校の生徒会室のソファで、一人の少年が横になってまどろんでいた。
 小さなソファでは、180センチ以上ある彼の体は収まりきらないのか、長い足が無造作に投げ出されている。

 着崩した制服、オレンジ色に脱色された髪、両耳につけられたピアスは、とても真面目な高校生には見えない。
 事実、今は始業式の最中であったが彼は出席せずに、誰にも邪魔されない生徒会室で眠っていた。


 キーンコーンカーンコーン


 チャイムが室外から微かに聞こえて来て、少年の眠りを覚醒させる。どうやら始業式が終わったらしい。

 あくびをしながらソファから起き上がると、廊下を駆けて来る足音が聞こえた。

 そしてすぐにドアが勢い良く開き、一人の少女が部屋に入って来る。

 「橙夜様!やはりこちらにいらっしゃったのですね」

 走って来たためか、色白の頬がほのかに色付いている少女を一瞥して、少年はぶっきら棒に口を開いた。

 「朱里か・・・何か用?」
 「式に出席していないようでしたので、お探ししていたのですわ」

 朱里、と呼ばれた少女の、完璧に化粧された美しい顔が綻ぶ。釣り目がちの瞳は嬉しそうに細められ、、左目の下のほくろが色っぽさを醸し出していた。

 「あのような式、橙夜様がいらっしゃらなければつまりませんもの。早めに切り上げてお探ししていたのです」

 弾むようにソファに近寄る少女の綺麗に揃えられたポニーテールが揺れる様を、ぼんやりと見ながら橙夜はポケットからチュッパチャップスを取り出す。

 「で?報告があって来たんだろ」

 面倒くさそうにビニール袋を取りながらそっけなく言うと、朱里は慌てたように居住まいを正した。

 「今朝方送った刺客についてですわ」
 「あぁ・・・駄目だっただろ?」

 チュッパチャップスを口に頬張り、ニヤリと笑う橙夜に朱里は戸惑いつつ、報告を続ける。

 「は、はい。どうやら間宮の者に邪魔をされたとか・・・」

 間宮、と口中で呟いて、橙夜はますます笑みを深める。

 「橙夜様?もしや間宮が来る事をご存知だったのですか?」
 「17年経ってようやく九条時期当主のおでましだ。あいつが行く事は分かってた」

 言いながら、ゆっくりとソファから立ち上がる。

 「橙夜様?どこへ・・・」

 朱里の問いに、少年は足を止めると肩越しに振り返る。

 「・・・あいつらの校舎。ちょっと挨拶してこよっかなって思って」

 その顔が酷く残忍に微笑むのに、朱里は恐怖とも歓喜とも言い知れない胸の騒ぎを覚える。
 しばらく呆けたように一人室内で佇んでいたが、少年がドアのぶに手をかけると同時に我に返ったのか、慌てて口を開いた。

 「お一人でそんな・・・危のうございます!」
 「だって、今日蒼司いないじゃん。あいついなけりゃ俺に敵はない・・・あいつらいまだに剣だの武士だの重んじて飛び道具使おうとしないし」

 けだるげに言いながら右手を上げると、その手にはいつのまにか短銃が握られていた。

 「まぁ、柊のお嬢さんは違うけど、あれは遠距離タイプ・・・いわば暗殺用だろ。そんな情報ないし、大丈夫だって」

 カチリ、と安全装置を外す主に朱里はしかし、と言葉を続ける。

 「なぜ突然そのような事を?今朝刺客を送った事と何か関係があるのですか?」
 「あれもまぁ挨拶みたいなものかな。あの程度に殺られるようじゃ話にならないからね」

 ドアを開けると普段出入りが禁じられている、他校舎へと繋がる渡り廊下に向かい歩を進める橙夜。彼の背中を見ながら、朱里は諦めたように自身も銃を取り出して弾を確認した。

 「お供いたしますわ」
 「・・・そっ。じゃぁ、挨拶だからなるべく殺さないようにね」
 「お珍しい事もあるものですわね」
 「俺は校則を守るえらーい生徒なんだ。知らなかった?」

 ニヤリ、と飴をくわえながら口の端を持ち上げる少年に、朱里もまた笑みを浮かべる。

 「勿論、知っておりますわ」
 「さすが朱里。お、さっそくおもちゃ発見」

 校舎に入るとすぐに、式から帰って来た生徒と出くわす。突然の敵ボスの登場に彼らが目を白黒させている内に、橙夜は銃を構えた。

 「じゃぁ、さっそく始めようか・・・」

 慌てて腰の刀を抜く様に笑みを深くしながら、少年は目を細める。

 「祭りを・・・ね」











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