12
皆が寝静まり、校舎も寮も明かりが消えて夜の帳がおりる頃、紫織は校舎に設置されている医務室にいた。
ベッドの上で眠る蒼司の顔は、ぼんやりとした明かりに照らされてゾッとするほど儚げに見えた。
緊急手術が行われ、体内に残っていた銃弾は取り出された。幸い命に別状は無いが、今は麻酔により深い眠りについている。
紫織は何をするわけでもなく、ベッドの傍の椅子に腰をかけてひたすら蒼司を見つめていた。もちろん翠や他の臣下達は彼女に寮へ戻るようにと説得した。だが、少女は頑なまでにその場を動かなかった。
彼女自身、自分は本来なら寮へ戻るべきだと感じていた。医務室の外には数人の臣下が警備のために控えて、寝ずの護衛をしている。
だが、申し訳無いと思いつつも蒼司の傍を離れたくなかった。彼の今の状態は自分の過ちだ。
蒼司に寮にいるようにと言われたのにも関わらず、校舎へと向かった。理由はただ一つ・・・戦いを止める為だ。
「・・・私は、本当に愚かですね」
自分にそんな事が出来ると本当に信じていたのだろうか。足手まといになると気付かなかったのだろうか。
改めて、黎に言われた言葉が痛烈に胸に響く。
”あんたはいつかあの人を殺す。味方を殺す。そうなる前に早くここから出て行け”
蒼司は自らの身を投げ打って主である紫織を守り抜く覚悟である。そこに何の迷いも存在しない。それが酷く恐ろしい。
「教えて下さい、蒼司さん。私はここにいない方がいいでしょうか?」
答えが返って来ない事は分かっている。それにホッとしつつも残念に感じる。きっと蒼司ならば出て行けとは言わないだろう。その答えを期待している自分に嫌悪感を抱く。
だって、誰かが傍にいてくれる心地よさを思い出してしまった。父が亡くなり、絶望して泣いて泣いて、ようやく一人で生きていく覚悟が出来たのに、その覚悟はいつのまにか消えてしまっていた。
どんなに危険な場所だとしても、ここから出て行きたくない。一人になりたくない。皆と一緒にいたい――そう思う事は我侭だろうか。
「ふっ・・・」
抑えきれない感情が形となって頬を流れる。
外にいる警備の者に聞かれないようにと顔を伏せ、必死に声を押し殺して泣いていると、
「・・・し、おり・・さま」
蚊の鳴くようなか細い声だったが、紫織の耳にはきちんと届いていた。
「蒼司さん!?」
慌てて椅子から立ち上がり、ベッドへと駆け寄る。
蒼司はまだ完全には覚醒していないようで、虚ろな目で少女を見上げる。
「大丈夫ですか?傷が痛みますか?」
「・・・あ」
少年は何か言いたげに眉を寄せると、震える手を少女に伸ばす。
一瞬身構えた紫織だったが、その手はゆっくりと少女の濡れた頬へと寄せられ、そこで蒼司が泣いている紫織を気遣っているのだと知る。
「う、あ・・・」
上手く言葉は出せないが、漆黒の瞳は心配そうに瞬き雄弁に少年の心情を語っていた。
「・・・っ・・蒼司さん」
こんな時にも主である少女を気遣うのか。あまりにも大きな、苦しいほどの想いを受け止めて、紫織は彼の手に縋った。
この手を離したくない。また、離してはいけないと思う。こんな風に思ってしまうなんて、あぁ何て弱くなってしまったのだろうか。
だが、このままではいけない。このままではいつか、この手を離さなくてはいけなくなる。
「蒼司さん、私・・・決めました」
涙を必死に押し込めて、一層強く手を握る。もう、彼を、他の誰かをこんな目には合わせない。そのためにはどうすべきかは黎が教えてくれた。
「戦います」
口先だけでは平和はおとずれない。何もしないままでは何も変わらない。紫織もまた刀を取らなくてはいけない。
しかし、彼女の戦いは平和のためのそれだ。敵を傷付けるための武器ではなく、味方を守るための盾になるのだ。
「私も蒼司さんを・・・皆さんを守りたいんです」
いつのまにか大切な存在になった人々が傷ついていくところは見たくない。
この選択が正しいのか間違っているのか、今の紫織には分からなかったが、少なくとも何もしないよりは余程良いと思えた。
蒼司は呆ける様に口を開いたが、すぐに眉をひそめた。おそらく主である彼女に臣下である自分達が守られるなんて、と考えているのだろう。
彼は本気で自分など取るに足らない人間だと考えている。紫織の臣下に過ぎず、彼女の命のためならば死ぬのは当然だと。
そんな不器用で優しい少年を守る――そのために刀を取る。少なくとも今は、その理由だけで十分だった。
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