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 向けられた銃口を漆黒の双眸で捉えながら、蒼司は日本刀を構える。
 近距離で発砲されれば避けるのも難しくなる。集中力の全てを鞍馬の手の動きと銃口の向きに注いて、ようやく気づいた。

 ――銃口が少しずれている・・・?

 本来の鞍馬ならば的確に相手の急所である頭部や胸部を狙ってくるはずなのに、銃は彼の体から僅かにずれている。

 ――これは、俺を狙っていると言うよりもむしろ・・・

 彼の注意力が僅かに鞍馬から背後のドアへと移った刹那、蒼司の体に電流が走った。
 なぜ気付かなかったのか。気付けなかったのか。一度頭に血が上ると周りが見えなくなる癖が時に致命的なミスを犯す事を少年は知る。

 彼の名に冠する色の通りに青褪めた蒼司は反射的に鞍馬の顔を見た。

 少年の薄茶の瞳は悪戯を仕掛ける子供のように無邪気な、けれども酷く残忍な光を帯びて蒼司を見ていた。

 「鞍馬・・・!」
 「蒼司さん!」

 蒼司が鞍馬に詰め寄ろうとした瞬間、愛しい主の声が鼓膜を打つ。
 そして、彼女の声を掻き消すように響いた1発の銃声と硝煙の匂い。

 半ば本能的に振り返り、華奢な少女を己の体で包み込んだ少年に激痛が走る。

 「・・くぅっ・・・」
 「え?」

 何が起こったのか、少年の腕の中で紫織はただ呆然としていた。

 「蒼、司さん?」

 少年の体から力が抜けていき、徐々に体重が少女へとかかってきて、彼の異変を知る。
 とにかく彼を支えようと背中に手を回し、違和感を覚える。手に、何かぬるつくものを感じる。

 「・・・え?」

 何だろう、と何気なく己の手を見た紫織はその場で絶句した。
 彼女の、細い指をつたう雫の色は鮮やかな赤。それはまさしく蒼司からあふれ出した、彼の命そのものだった。

 鈍器で頭を殴られたような衝撃に、紫織の体は急速に力を失ってその場に座り込む。その少女の上に、血の気を失った少年が身を投げ出した。
 何とか背中を壁に預けて彼を支えながら目線を辿ると、背中から広がる色は、彼女の手に残るそれと同じ。普段の学生服ならば目立たなかっただろうが今は着替える時間も無かったので寝間着のままだ。白い着物に真紅がよく目立った。

 「あ・・・あ・・」

 どんどん血の染みが広がっていくのを、紫織は見開いた目から涙を零して見守る事しか出来ない。
 その様子を眺めていた鞍馬は口中の飴玉を音を立てて噛み砕くと銃をしまった。

 「相変わらず予想を裏切らないと言うか、馬鹿だなぁ」

 蒼司が飛び出さなければ、銃弾は紫織の体を掠める程度だったはずだ。初めから彼女に当てるつもりはなく、蒼司はどうするだろうと言う興味から発砲したのだ。
 普段の彼ならば、弾の当たる位置まで把握出来るはずなのに、主の危機に理性は吹き飛び、ただ本能のみで庇った。

 「全く、臣下の鏡ってやつだね。涙が出るよ」

 言いながら、つまらなそうに欠伸をして倒れ伏す蒼司を横目で見やる。

 「早く手当てした方がいいんじゃない?このままじゃ死ぬかもよ。死ぬなら今じゃなくて、俺が卒業するまでせいぜい楽しませてから死んで」

 どこまでも自分勝手な言い草に、紫織は勿論の事、黎も言い返す事は出来なかった。ただ、奥歯を噛み締めて部屋を出て行く3人を見送る事しか出来ない無力な存在であった。

 「蒼君!?」

 彼らと入れ替わるようにやって来た翠は、血を流す幼馴染に狼狽したが、すぐに駆け付けた部下達に指示を出し彼を医務室へと運び出した。

 皆、傷を負った蒼司に気をとられたていのだろう、血溜りの残る部屋に紫織と黎だけが残される。
 先程までの喧騒が嘘の様な静寂に包まれながら、座り込む少女の前へと歩みを進める黎を、止める者は今はいない。

 「・・・俺は弱い」

 ポツリと呟いた声に、漸く反応を示した紫織を見つめながら、黎は続けた。

 「だが、戦う意志はある。強くなりたいと思う。あんたとは違う。口先だけで平和を唱えながら戦えもしない、戦う意志の無いあんたとは違う。守られているだけで味方を傷付けるだけのあんたとは違う」

 ゆっくりと瞬きを繰り返すだけの脆弱な少女に少年は苛立ちを覚えながら、それを押さえつける様に大きく息を吐いた。

 「あんたはいつかあの人を殺す。味方を殺す。そうなる前に早くここから出て行け」

 最後に吐き捨てると、足早に部屋を出て行く黎に、紫織は最後まで言葉を発する事は無かった。

 ただ、俯いた頬にゆっくりと透明な雫が伝って、床に零れ落ちた。    











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