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「・・・一色、学園?」
紫織が呆然と呟くと、蒼司は青ざめる少女に首を傾げながら頷いた。
「はい。名前は亡き一色家からとったと聞いております。その名の通り一色家に縁のある家の者達が通っており、全寮制です」
高校へ通える、と聞いて一旦は喜んだものの、どうやら転校しなければならないらしい。しかも――
「敵対している九条と鞍馬の両家が同じ学校に通うんですか?」
一色家に縁があると言えば色守八家を筆頭とした武家の者達である。蒼司の話によると八家に仕えていた下級武士や領土の農民まで学校へ通っているらしい。
九条家側と鞍馬家側に別れてそれぞれで通えばいいと思うのに、どうしてわざわざ紛争が起こるような事をするのか紫織には分からなかった。
「・・・昔から両家が敵対している事はもうご存知ですよね?それが激化した時代があったんです。その時は子供から大人まで毎日誰か怪我をしていたようです。特に学生同士の争いは酷く、所構わずに戦い合って、他の生徒が被害にあう事も頻繁にあったそうです」
それを重く見た政府が学校設立を提案したそうだ。九条と鞍馬、現代でも共に政府にも権力を及ぼすほどの名家である。犯罪として取り締まる事も難しかった。
「要は学校に押し込めてその中で思う存分に戦えと言う事です。見てみぬ不利を、政府は決め込んだのです」
「そんな事が・・・」
「小等部から高等部までありますが、寮は高等部のみです。ご心配なさらずとも校舎も寮も別ですので」
「じゃぁ・・・」
「と言っても対立は日常茶飯事なのですが。一応校則に殺しはしないようにする事、とありますので大丈夫かと」
殺しはしないようにする事?ように、と言う事はつまり万が一殺してしまっても仕方が無いと言う事か。
そう考えて、押し黙って俯く紫織に、蒼司は安心させるように力強く頷いた。
「先程も申し上げましたが、紫織様には指一本触れさせません。鞍馬が何をしてこようともお守り致します」
「鞍馬・・・」
無意識の内に口中で呟いて、紫織は祖父の話を思い起こす。
九条家につく御三家が間宮と柊と久我であり、鞍馬家につく御三家が片瀬、五十嵐、椎名である。これら色守八家の者全てが都合よく学校に全員いるとは限らない。
「柊、久我共に高校におります。特に柊は女性ですので何かと紫織様のお世話をする事になると思います。向こうは・・・鞍馬と片瀬が高校におりますが、五十嵐、椎名もよく高校に出入りしています」
同じ学生でなければ争いが激化する事はない、と言う僅かな希望も打ち砕かれ肩を落とした紫織に気付かず、蒼司は続けた。
「ここまで年齢が近しいのも珍しいのです。我らは当主の子が生まれるのに合わせて子を設けますが、なかなか上手くいかないものなのです」
「え?どうして、そんな事を・・・?」
思わず顔を上げると、少年は薄く笑んだ。
「同じ世代の方が入学した時に便利と言う事もありますが、一番の理由は、我らが世代で仕えるから、ですね」
「世代?」
「はい。紫郎様には私の祖父、紫治様には父、そして紫織様には私が仕えるのです。勿論紫郎様は九条家当主としてお仕えしておりますが、私が真に仕えるべきは、あなた様なのです」
夢を語るように語る少年の漆黒の瞳が喜びにきらめく。言葉を失う紫織を愛おしそうに見つめると、そっと目を伏せた。
「ずっと・・あなた様にお会い出来る日を心待ちにしておりました。主のいない臣ほど無意味な者はございません」
「・・・」
「紫織様はご存知ではないと思いますが、紫郎様は昔から紫治様達の様子を定期的に調べておりました。その調査に父と共に私も付いて行った事がありました」
その時に見た、自分と変わらない幼い少女。彼女がいつか自分が仕えるべき主だと父から教えられたのは何年前だろうか。
「その日から私が紫織様をお守りするのだと心に決めました」
懐かしむように目を細めて笑う蒼司から目を逸らして、冷え切った拳を握り締める。
「私、は・・・蒼司さんにそこまで言って頂ける様な人間ではありません・・・。戦いだって嫌ですし、当主なんて言われても分かりません。本当は、今すぐ逃げ出したいと思っているんです」
こんな事を言ったら呆れられてしまう、と思いつつも心のどこかで望んでいたのかもしれない。彼の求める主になれる自信なんてない。
だが、また誰にも言えなかった心の内を彼に聞いて欲しいとも思っていた。父が亡くなり、祖父に会い、重すぎる使命を言い渡され、もうぐちゃぐちゃだった。誰かと話が出来る状態ではなかったのだ。本当は――
「・・・泣いて下さい。ここなら私以外誰もおりません」
「―――え?」
「一人で我慢しないで下さい。一人で泣こうとしないで下さい。辛いのなら、その時には私を呼んで下さい・・・何時であろうとも馳せ参じます」
「―――っ」
声を上げて泣きたかったんだ。
「・・・ふっ・・・うっ、えっ・・・」
小さな子供のように泣きじゃくる紫織を抱き締めるでもなく、慰めるでもなく、蒼司は手を握ってくれただけであったが、繋いだ手から温もりが伝わって来て、また涙が溢れた。
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