紫織の大きな黒い目が、零れ落ちるのではないかと思うほど見開かれる。

 「か、けおち・・・?」

 勿論紫織は両親が駆け落ちの末結ばれたなど、知るはずも無かった。しかし、祖父は20年近く経った今でも鮮明に覚えているようで、表情をゆがめる。

 「お前の母である沙織さんは子供が出来にくい体だった。世継ぎが生まれないとなると九条家は途絶えてしまう。別れるように何度も息子を説得したが、あれは頑として首を立てには振らなかった」

 いつも従順だった息子が初めて反抗した時の驚きは紫郎の脳裏に今も焼き付いている。

 「そしてついにあれは家を飛び出した・・私は止めなかった」

 今まで九条家の籠の中にいた息子が女を抱えて生活など出来るはずがないと高をくくっていた。すぐに戻って来るだろうと。

 「だが、私が思っていたよりもずっとあれは強かったのだな・・・」

 それからすぐに沙織が奇跡的に妊娠をしたと知り、二人の仲を認めようと考えた。だが――

 「沙織さんは女児を生んで、すぐに死んでしまった。正当な後継者は男児でなければならないものを」

 祖父の言葉に紫織の表情が曇る。自分が生まれて来た事を責められているように感じたのだ。

 「すぐにあれを連れ戻して再婚させようとしたのだが、無駄だった」

 最近になって、ついに紫郎も諦め、定期的に部下から調査書を受け取る程度に止まっていたが、突然舞い込んで来た息子の死に状況は一変した。
 紫冶が死んだ事により、残された後継者は紫織ただ一人となってしまった。こうなっては女がどうのこうのと渋っている場合ではない。少女に何かあれば血筋が絶えてしまうのだから。

 「だから、私を迎えに来たのですか・・・」
 「そうだ。それに、敵が動き出したと言う情報を掴んだのでな」
 「敵?」

 今朝突然襲って来た男達の事を思い出しながら尋ねると、

 「鞍馬の手の者だ」

 苦々しく、憎悪も露に言って、紫郎は口を噤んでしまった。口に出すのも不愉快だと彼の表情が語っていたが、それでも全てが知りたい紫織は恐る恐る尋ねた。

 「あの・・・鞍馬とは?」
 「九条が憎むべき相手であり、倒すべき者だ」
 「それはどう言う・・・」
 「今日命を狙われただろう。奴らは鞍馬家の手先だ。奴らは我ら九条家を滅ぼそうとしておる」

 一色家には様々な武士団が仕えていたが、その代表が九条家と鞍馬家であった。両家は平安時代からライバルとして競い合っており、衝突を起こすのも日常茶飯事だった。
 九条家に間宮・柊・久我が仕えるのと同じく、橙を冠する鞍馬家には赤の片瀬、白の五十嵐、黄の椎名の三家が付き従っていた。これらの家が総じて色守八家と呼ばれていた。

 「・・・同じ色守八家だったと言うだけで、我らはとうの昔に敵対し合ってもおかしくなかったほど対立していた。だが、対立するたびに一色家が仲介に入り、両家が本格的に争いあう事は無かった」

 しかし、事態を重く見た一色家は両家をどうにか取り繕おうと、九条家の娘と鞍馬家の男の結婚を勧めた。
 九条家からは当主の妹である紫(ゆかり)姫、鞍馬家からは当主の息子である橙一郎(とういちろう)がそれぞれ選ばれて婚姻を結ぶ事となった。戦国時代、力が弱まっていた一色家は家臣達の結束を固めようと躍起になっていたのだ。

 「両家とも反対したが、主の命令は絶対だ。当時の当主は泣く泣く妹を嫁に出した」

 それで、いがみ合っていた両家は和解すると思われた。しかし、そうはならなかったのだ。

 「どうして・・・?結婚した二人の仲が悪かったんですか?」
 「いや・・・二人は驚くほど仲むつまじい夫婦となった。しかし、子に恵まれなかったのだ」

 両家を真に結び付けるはずの子供は、皮肉にも女の体には宿らなかった。鞍馬家としては子が生まれなければ当主の血が途絶える事になる。それを狙って九条家が子供が出来ない女を差し出して来た、と九条家を糾弾した。

 そして直ちに側室を設けた。側室はすぐに懐妊し、無事男子を出産した。子が産めない正室など必要ない、と疎まれ蔑まれた彼女の居場所は鞍馬家から無くなっていった。

 九条家はすぐに彼女を連れ戻そうとしたが、女は頑としてそれを拒んだ。嫁いだ女の矜持が出戻りと言う恥を受け入れなかったようだ。

 そうこうしている間に、敵国が一色家の領土を取らんがために攻め込んで来た。返り討ちに出来る相手だったはずが、敵にこちらの守りの陣営から地形まで全て筒抜けになっており、侵略は防いだが被害は甚大であった。

 「それから、敵に内部情報がなぜ漏れていたのかと言う議論が起こった。その時、鞍馬家が難癖を付けて来たのだ」

 話している最中、ずっと険しかった紫郎の顔が一層強張る。

 「奴らは、情報を漏らしたのが紫姫だと言った。紫姫が戦の前、敵地の近くまで出かけていたと言う根も葉もない話だけで」

 勿論九条家は反論したが、鞍馬家は紫姫を一方的に犯人であると決め付けて姫を殺害してしまった。
 いつも両家の仲を取り繕っていた一色家は、再び侵略に来た敵に滅ぼされてしまい、両家の敵対が本格的に始まってしまった。

 「九条が主と共に戦死を選ばず、落ち延びたのは全て鞍馬を倒すため・・・そしてそれは今も変わっておらん。九条家当主となる者は九条を背負って立つのと同時に、鞍馬を滅ぼすと言う使命があるのだ」  











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