「まずは、九条家の歴史について説明せねばならんな」

 言いながら、紫郎は部屋にある年季の入った棚から、分厚い巻物を取り出した。
 それを広げると、部屋の端から端に届くほどに長く、思わず目を丸くする紫織であったが、巻物を覗き込んでさらに驚いた。

 「これは・・・家系図ですか?」

 墨で丁寧に描かれた名前の数々は古く、紫織には全く読めない。だが、家系図がきちんと残されていると言う事は由緒正しい家柄であるのだと分かる。

 「そうだ。平安時代の初代当主から現代まで続いておる。私でちょうど50代目だ」
 「50代・・・」

 蒼司から約千年続く名家だと言われたが、それがどれほど凄いのか現実味が無く分からなかったが、今なら分かるような気がした。千年の歴史の長さと重みが。

 祖父に会えた喜びが一気に萎んでいき、少女に残った物は不安だけであった。
 顔を曇らせて拳を握る孫娘の様子に紫郎は気付いていたが、あえてそ知らぬふりをして話を続けた。

 「元々九条家は一色家・・・当時の左大臣家に使えていた武士団の棟梁であった」

 一色家とは平安時代において、常に要職を任されていた公家の名家であり、天皇からの信頼も厚かった。
 一色家には多くの武士団が仕えており、九条家は代表的な武士団の一つだった。武士団はそれぞれ一色家への忠誠の証として、色を冠した名を一族の直系に名付けた。

 「九条家はその中でも名誉ある”紫”を代々受け継いできた。私も息子もお前も名に”紫”の字が入っているだろう。それは九条家直系の証なのだ」

 代表的な武士団の棟梁だった九条家に仕える武士団も多く存在し、間宮家、柊家、久我家がその筆頭だった。三家も色を受け継いでおり、それぞれ”青”、”緑”、”黒”である。

 「お前をここに連れて来た蒼司は間宮家を継ぐ者だ。柊、久我の者達にも今後会う事になるだろう。彼らは古くから我らに仕え、忠誠を捧げてくれており、それは現代も変わらない」

 祖父の言葉で紫織の脳裏に日本刀を携えた和服の少年がよぎる。

 ”私は、紫織様にお仕えするために生まれてきたのですから”

 あの言葉にはドキリとしたが、これで納得がいった。あれは紫織本人ではなく、九条家を継ぐ者に対しての言葉だったのだ。

 プロポーズようだ、と照れてしまった己を恥じている紫織には気付かず、紫郎は続けた。

 「一色家に仕え、色を冠している家は全部で八つあり、それらは色守八家と呼ばれていた」

 色守八家を有した一色家は貴族の中でもいち早く武士の力を得ていた。そのために、公家の貴族中心だった平安時代から武士中心の鎌倉時代へと世の中が移り変わっても滅びる事無く、戦国時代まで続いた。

 「しかし、一色家は群雄割拠する戦国時代を生き延びる事は出来ず、敵国に滅ぼされてしまった」

 戦いの際に、奇跡的に落ち延びた九条家当主は敵に見つからないよう、山奥でひっそりと家臣達と一族の復興に努めた。

 「現代では剣術道場を営む傍ら、会社経営も行っている・・・だが私も年なので、今はほとんど間宮に任せてある」

 そこで一旦言葉を切って、傍らに置いてあった湯飲みを手に取りゆっくりと茶を飲む祖父を見ながら、紫織はホッと息を落とした。
 千年も続く名家の時期当主など、とてもじゃないが務まらないと思っていたが、現代は会社経営をしていると言う。そしてそのほとんどを間宮家に任せてあると。それならば自分でも何とかなるのではないかと思えたのだ。

 しかし、湯飲みを置いた祖父の言葉に紫織の淡い希望は打ち砕かれる事になる。

 「・・・お前はいずれ九条家を継ぐ事になる。だが、50代続く九条家の歴史の中で女性当主は一人もいない・・・これがどう言う意味か分かるか」

 鋭い眼差しと語気に気を緩めていた紫織は凍り付いた。何か答えなければ、と思うが何と言えばいいのか分からずに目を泳がせる事しか出来ない。
 しばらく答えを待っていた紫郎は、しかし諦めたように溜息を吐いた。

 「やはりおなごでは無理か・・・。あの時何としても紫冶を止めていたらまた違っていたのかもしれないな」
 「あの・・・?」

 突然出て来た父の名に紫織が反射的に顔を上げると、祖父の漆黒の瞳と交錯する。

 「なぜ今まで私と紫織に面識が無かったか分かるか」

 紫織が首を横に振ると、老人は目を細める。そこに加わった憎憎しげな光に紫織は息を呑んだ。


 「・・・愚息が駆け落ちなどと言うくだらない理由で九条家を飛び出して行ったからだ」











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