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「到着致しました」
運転手の密やかな声で蒼司は隣に座る紫織を見る。
何時間にも及ぶ移動で、いつのまにか少女はシートに体を預けて眠ってしまっていた。だが、苦痛に歪む眉が彼女の眠りが穏やかではないと推測させる。
「・・・紫織様、起きて下さい」
そっと肩に手をかけて揺さぶると、ゆっくりと瞼が持ち上がる。
そして状況を把握出来ていないのか、焦点の定まらない目で蒼司を見ると呆けたように瞬きをした。
「ここは・・・」
「九条本家に到着しました。おじい様が待っておられますよ、お降り下さい」
おじい様、の言葉に紫織は目を見開くと慌ててシートから体を起こした。そして乱れてしまった長い黒髪を手櫛で直しながら、
「す、すみません。私眠ってしまったみたいで・・・」
恥ずかしそうに俯く。
その様子が愛らしく、蒼司は表情を和らげると彼女の手を取って、外へと促した。
「構いません。さぁ、参りましょう、私がご案内致します」
素直に従って車外へと出た紫織を待っていたのは見た事も無いほど大きな日本家屋だった。
辺りを見渡すと、森ばかりで、ここがどこであるのかまるで検討がつかなかった。県外へ出たのかどうかすら把握出来ないまま蒼司と連れ立って、荘厳な門をくぐる。
広々とした庭には枯山水や池、鹿おどしなど、古き良き日本庭園が完璧に整備されていた。
中学生の時に修学旅行で行った京都を思い起こしながら、せわしなく辺りを見渡していると、庭の奥に人影を見た。
何となく心惹かれて立ち止まって目を凝らすと、人影が男性であると気付く。制服である自分とは違い、日本庭園に見合う着物と羽織を着た初老の男性は視線に気付いたのかこちらに目を向けた。
「あ・・・」
目が合った瞬間、体中の毛が一斉に逆立つような妙な錯覚に襲われる。思わず足の力が抜けてしゃがみこむと、蒼司が慌てて駆け寄って来た。
「紫織様!?いかがなさいましたか!?」
「すみません、少し眩暈がして・・・」
咄嗟に誤魔化しながら顔を上げた時には、既に男性の姿は無かった。
「この部屋でございます」
広い屋敷内を5分ほど歩いて、蒼司は鮮やかな紫の藤の花が彩られた襖の前で立ち止まる。
いよいよだ、と言う思いが紫織の中に渦巻く。祖父に会える期待と、例えようもない不安だ。
「紫郎様、蒼司でございます。紫織様をお連れしました」
膝を突いて、襖に――正確には襖の中にいる人物に向かって少年が言うと、しばらくして、入れ、と声がかかった。
低い、厳格そうな声色に自然、紫織の体は硬くなる。
襖を開けて頭を下げる蒼司に縋るような視線を向けると、小さな声でお入り下さい、と促される。
「し、失礼します」
意を決して部屋に入って、中にいる人物を見た瞬間、思わず声を上げてしまった。
「あなたは・・・」
それは、先程庭にいた初老の男性だった。近くで見ると、恐ろしいほどの鋭いオーラが身にしみて、反射的に逃げ出したくなる。
目を泳がせながら、この人が祖父なのかと疑問に思う。あの優しかった父と目の前の男性が親子であると、どうしても思えなかった。
「あの・・・」
「紫織か・・・座りなさい」
必死に話の糸口を探していると、祖父が重い口を開いて上質な畳を軽く叩いた。
「は、はい」
身を縮めながら言われたように、祖父の前に少し距離を取って座ると、彼は紫織を繁々と見つめながら軽く顎を撫でた。
「・・・目元が紫冶に似ておるな」
僅かに和らいだ祖父の表情と声に、紫織は父を見た。そして、納得する。目の前の男性はまさしく父の血縁者であり、自分の祖父なのだと。
「おじい、さん・・・」
祖父は、懐かしむようにしばらく目を閉じた後、白髪交じりの髪を撫で付けて、話し始めた。
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