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「私で答えられる事ならばなんなりとどうぞ」
質問をしてもいいか、と緊張交じりに聞くと存外簡単に了承の返事があり、紫織は少し面食らってしまった。
だが、すぐに気を取り直して少年に向き直り、頭の中で渦巻く数々の疑問を少しずつ言葉していく。
「ではまず・・・あなたの名前を教えて頂けませんか?」
紫織は目の前にいる少年の名前さえ知らないのだ。第三者が呼んでいるのを数回聞いたが本人から紹介はなかった。まず少年が何者であるのか知ろうと思った。
すると、最初に自分の事を聞かれるとは思っていなかったのか、少年は切れ長の目を僅かに見開いた。
「すみません、まだ名乗っていなかったとは・・・。私は間宮蒼司と言います」
「間宮、蒼司さん・・・?」
紫織が確認するように呟くと、蒼司は嬉しそうに口元を綻ばせた。
「はい。それから私に敬称を付ける必要はございません。蒼司、と呼んで下さって結構です」
「え?それは・・・間宮さん、年上ですよね?」
「ええ。紫織様より一つ上です。ですが、私はあなた様の従者なので気にする必要はございません」
蒼司に言われても、はいそうですか、とは出来ない。普段から誰に対しても丁寧語で話す彼女が年上の、しかも男性に対して打ち解けて話す事など不可能に近いのだ。
「では、せめて下の名前で呼んで頂けませんか?間宮、と言うと父や母もおりますので」
「はい・・・では蒼司さんとお呼びします。私の事も様付けにしなくてもいいんですよ?」
様付けなど、不慣れで呼ばれるたびに違和感があり、気恥ずかしいのだ。紫織としても紫司に呼び方を替えてもらいたかった。
しかし蒼司はとんでもない、とばかりに紫織の意見を却下する。
「それは出来ません。先程も申し上げたように私はあなた様の従者。あなた様は私の主なのです」
「あの・・・その従者とか主とは一体どう言う事なんですか?蒼司さんとは初対面ですよね?」
「はい。確かに今日が初対面です。ですが、私は物心付いた頃から紫織様を存じ上げております」
「え?」
「私は、紫織様にお仕えするために生まれてきたのですから」
「っ!?」
一瞬にして紫織の顔が真っ赤に染まる。今、蒼司は何と言ったのだろう。私に仕えるために生まれてきた?それではまるで――
「紫織様?どうかなさいましたか?」
少女が俯いてしまった理由を全く分かっていない蒼司は心配そうに彼女を気遣う。彼からは全く気恥ずかしそうな様子も他意も感じられない。彼にとっては至極当然の事を言っただけらしい。
「何でもありません・・・続けて、下さい」
必死に動悸を抑えながら声を振り絞る。
少年はしばらくいぶかしんでいたが、彼女が体調不良ではない事が分かると話を続けた。
「九条家とは約千年続く名家中の名家でございます。そして紫織様は九条家の時期当主であらせられます。私は代々九条家にお仕えする間宮家の者。ですから紫織様は私の主なのです」
「千年?時期当主?確かに私の苗字は九条ですが、何かの間違いでは・・・?」
「紫冶(こうじ)様は九条家について、何もお話になっていなかったのですか?」
紫冶とは紫織の亡くなった父の事である。九条は父方の姓であった。
九条家について聞いていないのかと問われれば何の迷いも無く頷くだろう。物心付いてからこれまで父と二人三脚で生きてきた。祖父母について考えない事もなかったが、何も言わない父にあえて尋ねるような事はしなかった。
だが、誰かに追われる様に繰り返された引越しや時折尋ねて来る見知らぬ人々に不信感も抱いていた。父は一体何を隠していたのだろうか。亡くなってしまった彼にもはや尋ねる事は出来ない。
「・・・一体、父は何を隠していたんですか?」
これを尋ねる事を紫冶は望んでいないかもしれない。だが、紫織はそれでも知りたいと思った。知らなくてはならないと。
紫織の決意を肌で感じ取った蒼司は顔を自然と引き締めた。
「今回、私はある方の命により紫織様をお迎えに上がりました。そのお方とは紫織様のおじい様であり、九条家当主であらせられる紫郎(しろう)様でございます」
「・・・祖父?私には祖父がいるのですか?」
「はい。今向かっているのは紫郎様のお屋敷なのですよ」
「私に、おじいさんが・・・」
父が亡くなり、血縁者は誰もいない、天涯孤独となったとばかり思っていた紫織にとって祖父の存在は寝耳に水であった。
「紫郎様は屋敷で首を長くして待っておりますよ。詳しい話は紫郎様からして下さると思います」
薄く笑む蒼司につられて紫織も僅かに笑んだ。まだまだ分からない状況に混乱は止まらないが、血縁者がいる事が何よりも嬉しかった。
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