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死を覚悟して堅く目を閉じていたが紫織であったが、ふと額から銃口の感触が消えた事に気付く。
いぶかしみながらも恐怖で目が開けられないでいると、
「なっ!?」
銃口を突き付けていた男の情けない叫び声で反射的に目を開けてしまう。
「・・・え?」
彼女の漆黒の瞳に映ったものは、先程まで彼女の命を脅かしていたはずの銃の哀れな姿だった。
男の手は未だ銃のグリップを握っていたが、肝心の銃口だけが剥ぎ取られたように消えている。
状況の理解が出来ずに、逃げる事も忘れてその場で呆然と立っていると、金属がぶつかる甲高い音が鼓膜を突き刺した。
男の目線が下に向かうのと同時に少女もまた音源を辿って床を見、目をむいた。
「これは・・・」
息を呑んで見つめる先には、無残に床に転がる銃口の欠片があった。
「どう言う事だ!?一体誰が・・・」
呆然と引き寄せられるように銃口を手に取った男は、ふいに仲間の悲痛な絶叫を聞く。
「うわぁぁ!」
「ぎゃぁぁ!」
「!?何だ」
慌てて振り向いた男の目に、床に倒れ伏した仲間の無残な姿と、その中で一人立っている少年が飛び込んで来る。
「誰・・・?」
男の背中越しに、紫織も少年の姿を認めた。
それは酷く、奇妙な少年だった。背中を向けているため顔は分からなかったが、袴を着て、右手に美しい光を放つ日本刀を持っていた。
テレビで見た事のある江戸時代の武士の姿が少女の脳裏によぎる。ただ、少年はまげを結ってはおらず、青みがかった黒髪が風にサラリと揺れていた。
「・・・退け」
彼の持つ日本刀のように、鋭く突き刺さる声で言い、振り返った少年は、紫織と同じくらいの年頃だった。
高校生らしい幼さを持ちながらも、奥二重の切れ長の目だけは異様な鋭さを有している。
睨まれて、反射的に後ずさる男は瞬時に理解した――格が違う。
おそらく銃口を切り取ったのも彼であろう。どうやったのかは分からないが、剣の腕は超一流と見て間違いない。男の武器はもはやナイフしか残っておらず、リーチの差を考えても圧倒的に不利であった。
ふいに、少年が剣を一振りする。それだけでこびり付いていた血のりは全て払われて、刃には一滴も残らない。
その所作と刀の美しさに男は暫く目を奪われるが、その瞳が少年の腰に差してあった鞘をとらえた時、男は全てを悟った。
鞘に施されている下がり藤、あの家紋は――
「貴様・・・間宮か」
「そうか・・・お前のような小物でもこの紋は知っていたか。ならば、分かるだろう?」
闇を宿したかのような漆黒の瞳が冷たく光り、男を鋭く射抜く。
自分が睨まれたわけでもないのに、紫織は背中を震わせる男と同様に、恐怖した。
男は暫く小刻みに震え、目を左右にさまよわせていたが、間宮と呼ばれた少年が両手で刀を持ち直すと、男は半ば叫ぶ様に言った。
「わ、分かった!引き上げる」
降参、と言う風に手にしたナイフを床に置いて両手を上げる男に少年は警戒を緩める事無く、切先を相手に向けながら忌々しげに目を細めた。
「帰ったら鞍馬に伝えろ・・・姫様に手を出した事後悔させてやる、と。・・・行け」
少年の言葉に、まだ息のある仲間に目もくれず、男は転げ出る様にして窓から逃げて行った。
紫織は逃げていく男の背中を睨んでいる少年の横顔を気付かれないように盗み見る。
助けてくれたと言う事は彼は味方なのだろうか。しかし、いとも簡単に人を傷つける相手をすぐには信頼する気になれない。
逃げた方がいいのだろうか、と考えていると窓から視線を外した少年と目が合ってしまう。
「お怪我はありませんか」
慌てる紫織に優しく声をかける。その瞳は先程敵を睨んでいたものと同じだとは思えないほど穏やかで、少女は戸惑いながらも小さく頷いた。
「あ・・・はい、ないです」
少年はあからさまに安堵の吐息を漏らすと刀を鞘に納めた。彼の足元には未だ血を流す二人の男が倒れている。
「あの・・・彼らは大丈夫、なんでしょうか?」
紫織の問いに少年は不思議そうに眉を寄せたが、すぐに彼女の言わんとしている事に気付いたようで、男達を横目で見る。
「命の心配はありません。それよりも早くこの場を離れなければ。警察が駆けつけるのも時間の問題でしょう」
「・・それよりも、あなたはどなたなんですか?それにこの方達は?わ、私はどうして命を狙われたんでしょう・・・」
最後の方は震えて上手く言葉にならなかった。今更ながら死に直面した恐怖にこみ上げてくる涙を堪えながら賢明に状況を理解しようとする少女に、少年はゆっくり近付いて行く。
「え?」
そして、紫織の前にそうする事が当然であるように、何の戸惑いもなく跪くと、
「お迎えに上がりました。我等が姫よ」
待ち焦がれた主の足元を見つめながら歓喜に打ち震えた。
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