深夜、煌びやかで豪勢なベッドの上でノーブルの王の住まう不気味な城には似つかわしくないほど安らかに眠っていた人間、フィードの少女は目を覚ました。
 昼頃から眠ってしまったので変な時間に目を覚ましてしまった、とゆっくりと身を起す。

 一瞬ここがどこであるか分からなくなった。だが、夜目が利いてくると豪勢な天井の模様や煌びやかな家具などが目に入り、ようやく現実を思い知る。

 ――まだ・・帰れていないのね。

 起きたら全部夢だった、と期待しなかったわけではない。異世界などと言う有り得ない事は夢としか思えなかったのだ。

 ――夢でも嫌だわ、こんな世界。

 美形(二人しかいないが)なのはいいが、どうやら人間ではない上にこのままでは自分は血を吸われて死ぬらしい。
 勘弁して欲しい。何が楽しくて16歳の若さで死ななければいけないのだ。確かに生活に不満はあったが世を儚むほどではなかった。まだまだ人生を謳歌する気だったのに。

 「・・・逃げなきゃ」

 いつまでもここにいたら先は知れている。城から出てどうするか、など不安も多々あったが取りあえず脱出経路くらいは見つけておきたい。
 真っ暗闇の中で頼りになるのは窓から差し込む月明かりだけだった。だが、その月もいつも見ていたそれと比べると不気味に赤く色づき、まだ三日月と呼べるのに巨大で輝きも凄かった。

 異世界、いつか青年が言った言葉が脳裏を過ぎったが、すぐに断ち切って音を立てないように慎重に部屋を出る。どこにも明りが灯されていないにも関わらず、どこからか漏れてくる月の光で難なく進む事が出来た。
 外を見ても不気味に生い茂る木々が小さく見えただけであった。どうやらこの城は森の中に建っており、とてつもなく高いらしい。
 その事実を突きつけられた瞬間、少し心が萎えてしまったが命と天秤にかけ、自らを叱咤する。

 取りあえず下に降りて行こうと決め、目に付いた階段に足をかけた瞬間、

 「あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 激しい叫び声と何かが割れる音が廊下中に響き渡り、聖の耳にも突き刺さった。

 「!?また・・」

 それは牢に閉じ込められていた時にも聞こえていたものだった。しかし昨夜より激しい叫び声に足が震えた。
 一体、何が起こっているのか。こうして考えている間にも物が倒れる音、ぶつかる音、悲痛な呻き声が木霊する。

 関わってはいけない、と頭の冷静な部分では警報が鳴らされていたのに、聖は導かれるように声のする方へと向かっていた。
 理由を聞かれても分からないとしか言いようが無い。本当に意識とは関係なく体が勝手に動いたのだ。









 導かれるように大きな扉の前に立つと、隔たれた部屋から絶叫が鮮明に聞こえてくる。ガシャンと言う物凄い音に少し怯んだが、聖は扉を開けなければならなかった。

 重い扉だったので全て開く事は出来なかったが、何とか中を見る事だけは出来た。

 視線を感じたのか、部屋にいた人物が聖の方を見た。いや、見たと言うより睨んだと言った方が正しいか。

 プラチナブロンドの髪もルビー色の瞳もその美しさも何もかも変わらないはずであるのに、どこか違う。

 「ヴェル・・・?」

 初めてまともに名を呼んだけれどヴェルは何の反応も返さなかった。見開かれた目はギョロギョロと痙攣しているように動き、呻き声を漏らす口元からは牙が覗いていた。

 牙、尖った耳、鋭い爪、殺気を放つ飢えた瞳、震えがくるほど壮絶に美しい貌は朝に会った少年と同一人物とは思えないほどだ。

 「ひゃっ・・・!?」

 ランプが聖に向かい投げつけられたが、辛うじて扉に当たった。
 粉々になったランプがノーブル、化け物の本性を物語っているようだった。だが、ヴェルは呪いでその力を封じられているのではなかったのか。
 なおも暴れるヴェルから、この部屋から一刻も早く離れなければいけないと分かっていたが、また聖は囚われたようにそこから動けなくなってしまった。

 「どうしよう・・・」
 「逃げた方がいいだろうな」

 まさか答えが返ってくるとは思わなかった少女は驚いて振り返る。そこにはクラウンが涼しい顔をしてヴェルを見ていた。
 ヴェルが今にも死んでしまいそうなくらい苦しんでいるにも関わらず、青年の双眸に悲痛な光は皆無で、変わらず冷えきっていた。

 「ちょっと・・医者とか呼ばなくていいんですか!?」
 「・・・必要ない。いつもの事だ」
 「え?いつものって・・・病気なんですか?」
 「いや・・・これは罰。神がヴェルに与えた聖なる呪い・・」
 「呪いって・・・力が失われるだけじゃないんですか?」

 戸惑う少女から視線を外し、夜空に浮かぶ大きな月に目を細める。

 「我らノーブルは月を味方とする・・・月の光を浴びると血がたぎり、満月の夜には理性を失う者も出る。ヴェルは元々国で最もノーブルの血を色濃く受け継ぐ者・・・力を封じられている反動が月夜に来るのだ」

 ヴァンパイアの次は狼男か、とげんなりする聖に気付かず、クラウンはなおも続ける。

 「・・・ヴェルは強い。本来なら狂い死んでしまうはずだが、何年も耐えている。だが、そろそろ体が限界に来ている・・今度の満月まで持つかどうか・・」

 満月、と言う言葉に聞き覚えがあった。そう、確か聖が牢にいた時にヴェルが言ったのだ。次の満月までの辛抱だ、と。それはつまり――

 「・・次の満月の夜、あなたの血でヴェルの呪いは解ける」

 つまりはそう言う事。聖の命は次の満月までの期限付きなのだ。

 俯く聖にクラウンは何を思ったのか、腕を引き彼女を扉の外へと連れ出した。

 「・・・夜、ここには近づかない方がいい」

 それはおそらく聖自身を心配して言ったのではない。ヴェルに近づいて死なれたら困るから。満月までは生かしておかなければならないから。

 分かってはいたが、その事実は聖を酷く落ち込ませた。


 望まれる生にあるのは忍び寄る死があるから。











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