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「・・・聞いてもいいですか?」
ヴェルはフィードを惨殺し、絶滅させた。それは酷い罪だ。そのために目の前にいるフィードの神は怒って彼に呪いをかけたと言う。
だが、そもそもどうして呪いなどと言う形を取ったのだろうか。神の力を持ってすればすぐに命を奪えたはず。それに呪いの内容が、フィードと心を通わせるとは一体――?
混乱しながらも矢継ぎ早にまくし立てると、神は一つ一つ丁寧に答えてくれた。
――確かにその場で命を絶つ事など容易かったが、それでは何も変わらない。下手をすれば皇帝を殺されたノーブル達が復讐に来るかもしれない。
深刻な光の声に、これまで茫然自失だったヴェルがようやく口を開いた。
「確かに可能性はあるが、復讐をする相手がおらんであろう?既にフィードは絶滅したのだから」
――フィード・・・人間は絶滅などしていないわ。きちんと生きて、生活しているのだから。
「なっ!?どう言う事じゃ!?」
――人間はあなた達ノーブルが思っているよりずっと強い生き物よ。生き延びた者達はあなたから逃げるために山を越えた。
ヴェルの顔色が変わった。口中で何やら呟いているが、あまりの驚きに言葉にならないようだ。どうやら山を越えたと言う事が信じられないらしい。
――そう・・・あの、ノーブルでも不可能だと言われる死の山を人間は越えたの。そして新たな地で土地を耕し、作物を作って平和に生活しているわ。
「馬鹿な、と過去の余は言うだろうが・・・今は納得出来る。フィード・・いや、人間は時として我らより強い事を知っているから」
彼の言葉に光が柔らかく揺らいだ。
――それを知って欲しくて呪いをかけたのよ。再びノーブルと人間が手を取って暮らしていける未来のために。
何千年も前、二つの種族は平和に暮らしていた。あの頃の、幸せだった頃にまた戻れるなら、と僅かな望みを持って呪いを施した。
――賭けだったわ。二人が惹かれ合うように簡単な呪いをかけたけれど、お互いが歩み寄ろうとしなければ意味の無いものだった。けれどもあなた達は互いに興味を持ち合い、知ろうと努力した。
だから、二人が惹かれ合ったのは呪いのせいではない。きっかけは確かに呪いだったかもしれないが、真にお互いが想い合ったからこそ呪いはとけたのだ。
――ヴェル、あなたには過去の罪を悔い改めて、皇帝としてこの国を治め、いつか二つの種族が手を取り合って生きていける世界を作って欲しい。
瞬間、青年の体が震えた事を彼の腕の中にいた聖だけが気付いた。怪訝に思い顔を上げると、彼は悲痛な面持ちで俯いていた。
「しかし・・・国民はもう余を皇帝とは・・・」
「ヴェル・・・」
不可抗力とは言え、国民を手にかけた事、国民から謀反を起こされた事は彼の心に深い傷になったようだ。過去のフィードの惨殺とも相まって、ルビーの瞳に影が落ちる。
このまま何事も無く再び城に戻り、執務を行える自信がないのだ。
そんな彼の心を心得ているのか光は揺らぐ。
――あなたを傍で支えてくれる人がいるでしょう?
そして一筋の光が横へ伸びていく。その光の先を追っていくと、倒れ伏す男の姿が闇夜に浮かび上がった。
「クラウン!?」
驚いて叫ぶと、立ち上がりクラウンの元へ駆けて行くヴェル。命を狙われたにも関わらず、血を流す姿を見て本能的に体が動いていた。
――大丈夫。死んではいない。だけど、元々酷い怪我だったのに二人を助けようと身を挺したのでかなり危険な状態ね。
「じゃぁ、落下する時助けてくれたのは・・・」
――彼よ。
「・・・なぜ?余はそなたの母を殺したのだろう?そなた、余を殺したいと申していたではないか!?」
懸命に止血しながら叫んだ。確かにクラウンは復讐が目的でヴェルに近付いたと言った。それなのに、敵から助けてくれ、こうして今も命がけで救ってくれた。
自らの手で殺すと言っていたが、チャンスはいくらでもあったのに今までどうして動かなかったのか。力を失くした少年などクラウンなら簡単に殺められたはずだ。
「クラウン!申してみよ!このまま死ぬなど許さぬ!これは命令じゃ!」
闇夜でも光を失わない真珠のように綺麗な涙を零しながら罵倒にも似た叫び声で訴える彼に答えるように、クラウンの長い指先が僅かに動いた。
「う・・るさい。耳元で・・言わなくて、も・・聞こえる」
そして弱弱しい声で嫌味を言うと、体を起こそうと力を入れるが失血が多すぎて力が入らないらしい。慌ててヴェルが支えて何とか上半身だけを起こすと忌々しげに目を閉じた。
「・・・や、はり・・殺せない。殺すには、傍に・・い過ぎた」
「え?」
「私は、君が・・憎かった」
初めはいつ殺すか、その事ばかり考えて生きていた。しかしヴェルに隙は無く、返り討ちに合うのが関の山だった。だが、呪いを受けてヴェルは力を失った。それをどれほどクラウンが喜んだか、彼は知らない。
それなのにヴェルはクラウンを信頼して彼だけを城に残した。馬鹿だと心で嘲笑いながらも、どこかで嬉しかった。自分を必要としてくれる事が。信頼してくれる事が。
これならいつでも殺せると思って暮らす内に100年も経ってしまった。しかし聖がやって来て、呪いがとけるかもしれないと分かった時、復讐しなければと焦った。今しなければ一生出来ないと。
「・・だが、それ以上に・・愛しさ、も感じていた」
結局実行出来ずに、あまつさえ助けてしまった。母の敵を慕うなど、これも半分流れたノーブルの血ゆえか。
復讐のために生きてきた。ならば、それが果たせないと分かった今、望む事は一つだった。
「・・・殺せ。実行、出来なかったとは言え・・私も謀反を、起こしたのだから」
「余が皇帝だ。そなたの指図は受けぬ。・・・そなたへの罰はもう決めてあるぞ」
「?」
不思議そうに眉を寄せるクラウンにヴェルはとびきりの笑顔を浮かべた。
「これまで通り余のサポートをするのじゃ。ノーブルと人間のハーフならばこれからの余の政策により良いアドバイスが出来るであろう」
「なっ・・・!?」
「そなたは余を憎いと思っている。その余のために働くのじゃ。立派な罰であろう?」
「・・良い、のか?私は、また命を狙うかも・・」
「そなたごときに力の戻った余がやられるわけがなかろう?安心して余に仕えるが良い」
諦めたように、だがどこか幸せそうにクラウンが頷くのを見て聖がホッとしたのもつかの間、神が残酷な現実を突きつける。
――せっかく仲直りしたところ悪いのだけれど、もう時間がないのよ。
「え?何?時間・・・?」
――そう。あなたが元の世界に帰るタイムリミット。
「・・・・・・え?」
――この満月が沈めば、世界をつなぐ扉も閉まる。そうしたらあなたは、二度と帰れない。
あなたは、どうする?
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