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 「・・・ここ?」
 「ここじゃ」

 もう何十年も開かれていないと思われる蜘蛛の巣の張った重々しい扉の前に聖とヴェルはいた。

 「・・随分と古めかしいけど、一体どのくらい開けてないの?」
 「余が呪いを受けてしばらくしてからだから・・・100・・?うーむ・・」

 小さな口から飛び出した100、と言う単語に聖は眩暈を覚えながらもういい、と呟いた。

 「取り合えず開けましょう。鍵とかかかってないわよね?」
 「はて。記憶にないのじゃが・・・」

 そして少年が恐る恐るのぶを捻ると、ギィギィと悲鳴を上げながらもそれは開いた。
 真っ暗な部屋の中から飛び出して来た埃に蒸せ返りながら目を凝らすと徐々に中の様子が見えて来た。

 「何よ、これ」

 そこは本の山であった。埃を被って真っ白になった古びた本が床が見えないほど散らばっている。想像以上の光景に聖の顔が自然、引きつる。

 「・・・呪いを受けて、荒れておったのじゃ」
 「この中から一冊を探すの?」

 ざっと見ただけでも1000冊近くはある気がする。

 「無理じゃない?」
 「いや、大丈夫じゃ」

 本の在り処は覚えておる、と言うとヴェルは口元を手で押さえながら部屋に入った。
 器用に本の隙間をぬって奥まで行くと、一つの本を手に取り、すぐに戻って来た。

 「これじゃ」

 差し出された本は血を思わせる真紅だった。そして100年以上経っているにも関わらず綻びもなく埃すら被っていない。


 ――イヤ・・・・・!!


 「っ・・・!?」

 目の前が突如ブラックアウトした。

 「聖!?」

 傾く少女の体を支えようと伸ばされた少年の手はしかしあまりにも華奢であった。聖の体を受け止めきれず、一緒に倒れこむ事しか出来ない。
 何とか頭を打ち付ける事だけは避けられたが、意識の無い少女の体を冷たい床の上から起す事すら脆弱な少年の体では適わない。

 「聖・・・っ」

 脳裏に過ぎるのは自分の本来の姿だった。あの姿だったなら、抱き止める事が出来たのに。あの姿だったなら今すぐ少女の体を抱き上げてベッドに横たえる事が出来るのに。

 「聖・・聖・・・」

 いくら呼んでも目を覚まさない少女に喪失感にも似た焦燥感が沸き起こって来る。母に縋り付く幼子のようだと感じながらも彼女を揺り動かす事を止められない。

 「聖――」
 「ヴェル・・・?」

 絶望の中、光にも似た聞き慣れた、親しい友の声。そう言えば最近顔を見ていなかったと振り向いた先にいたのは相変わらず無機質な表情を浮かべたクラウンだった。

 「クラウン・・!久しいな、今までどこにおったのじゃ」

 安堵に胸を撫で下ろしながら近付いて来るヴェルとは対照的に、クラウンの表情は固かった。

 「・・・それよりその姿はどうしたんだ?」
 「姿?」

 言われて初めてクラウンを見上げていない自分に気付く。驚いて体を見ると不思議な事にまた青年の姿に戻っていた。

 「なにゆえ・・」
 「呪いが解けたのか?」
 「む、いや・・そうではない。なぜか姿だけ元に戻ったのじゃ」
 「・・・・・・そうか。まだノーブルの力は戻っていないのだな」
 「うむ・・それよりもクラウン。聖が突然倒れたのじゃ!すぐに手当てせねば」

 ハッとしたようにクラウンに背を向けると今だ意識の無い聖の元に駆け寄った青年は振動を与えないように気を使いながらゆっくりと少女を抱き上げる。

 そのあまりの軽さに衝撃を覚えたその時。

 チリッとした鋭い痛みを頬に感じた刹那、壁にナイフが突き刺さった。
 一瞬何が起こったのか分からなかったヴェルであったが、ドロリと頬から零れる赤を捕らえてようやくナイフが頬を掠ったのだと理解する。

 だが、ナイフを見ても血が流れても、それでもまだ信じられなかった――なぜならヴェルの背後にいるのは彼の唯一信頼する――

 「クラウン・・・?」
 「血が止まらないか・・・本当にまだ呪いは解けていないのだな」
 「そなた――」
 「信じられない、とでも言いたげだな」

 微笑するクラウンの目に浮かぶ残忍で冷酷な光に息を呑む。

 凍りついたかのように立ち尽くすヴェルにゆっくり近付いたクラウンは彼の頬から伝う血を舌で絡め取ると、そっと耳元で囁いた。

 「俺はずっと待っていた・・・何百年もずっと」

 血で一層赤く色づいた唇が笑むと、鋭い牙が覗いた。

 「ヴェル――君を殺すこの時だけを」        











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