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 「あまりキョロキョロするでない」

 ヴェルに注意され、聖は慌てて動かしていた頭を正面へ固定した。だがすぐに目だけがまた左右へとせわしなく動いてしまう。
 そんな彼女の様子にヴェルは溜息を吐きながらも少し嬉しそうに笑んだ。

 「まぁ気持ちは分からないでもない・・どうじゃ、街中も美しく整っておるだろう?」
 「うん・・・中世のヨーロッパとアラビアが混じったような・・」
 「ちゅーせえのよーろ、ぱ?ア、ラビア?」

 小首を傾げる少年を横目に聖はどうしてもはやる気持ちを抑えられずに、また左右に頭を動かしてその街並みを堪能していた。

 映画や物語に出て来る18世紀頃のヨーロッパにとても雰囲気が似ていた。だが建物はどこかアラブ系のものを感じさせ、何だか不思議な気分だ。だが人通りは本当に少なく、家も皆カーテンを閉め切っており少し気味が悪かった。

 「やっぱりまだ日が出ているから皆寝ているの?」
 「多くはそうじゃな。夜になると大通りの多くの店も開くので皆出て来る。昼は特にやる事もないのでな」
 「確かに・・・する事もなさそう」

 まるでゴーストタウンだ。たまにすれ違う人はいるけれど無言で足早に去って行く。一刻も早く家に帰りたい、とその足取りが物語っていた。
 街並みも始めは面白かったが次第に飽きてきてしまう。

 「夜に来てみたいな・・」

 ヴェルが言うように外套が多いのできっと光が満ち溢れてそれは美しいのだろう。どんな店が出るのか、人々はどんな姿をしているのか、見てみたい。
 だが夜は無理だと言う事もまた聖はよく理解していた。夜になればヴェルは正気を失ってしまい街になど連れ出してくれるはずもない。それに夜になれば危険な事も付き纏ってくるだろう。

 ――残念・・・ってそれどころじゃないわよ私!

 うっかり観光気分になっている場合ではない。ヴェルの目を盗んで一人で街の中心部まで行かなければ――

 「さ、それでは食事にするとしよう」

 突然少年が振り返ったので聖はあやうく声を上げそうになった。

 「?どうかしたのか」
 「な、何でもない!そんな事より食事なんてするところあるの?」

 慌てて平静を装い話を逸らそうとする少女にヴェルは不思議に思いつつも空腹を感じていたため特に気にも留めなかった。

 「大通りを抜けた裏通りに昼は店が多く開いておるのじゃ。裏通りは建物に囲まれて日差しが遮られておるからな」

 こっちじゃ、と薄暗い細い道に入っていく少年に不安に思いながらも空腹には勝てず付いて行った先には違った街並みが広がっていた。
 設備されていない土の道路沿いに大通りには見られなかった小さな店や家が並んでおり、比べ物にならない程人々も多くいた。

 「何で?今昼なんじゃ・・」
 「昼と言っても街中の者が全員寝ているわけでもない。家にこもっておるのも退屈ゆえこうして日差しの入ってこない裏通りに来る者もいるのじゃ」
 「大通りと裏通りじゃ全然違うのね・・」

 そう言えば日本でも一歩大通りを抜けると違う景色、と言うところも多くあった気がする。治安が悪いのか、と思えばそうでもないようで小さな子供が走り回っていたりした。
 中にはフードを被っていない人もおりいけないとは思いつつも顔を注視してしまう。

 予想通りと言うか皆美しかった。色白で西洋人独特の彫の深さと端正さがある。ヴァンパイアは美形、と言うイメージは正しかったようだ、と聖は心内に思っていると、

 「ここじゃ」

 ヴェルは立ち止まり、小さな看板を指差した。何が書いてあるか分からないがどうやら食事が出来るところのようだ、中から良い匂いが漂ってくる。

 入って行くヴェルに従って店の中に入るとその普通さに拍子抜けした。テーブルと椅子が並び、楽しそうな話し声のするそこは見慣れた景色だ。
 お勧めに従って適当に頼んだのだが出て来た料理も化け物が食べるようなおぞましいものではなくいたって普通の肉料理だった。

 ただ、水の代わりに当たり前のように赤ワインが出て来るところがさすが、と言うべきか。子供にアルコール、と言うのも全く関係ないようだ。

 「・・・ノーブルの食事って言うのも案外普通なのね」
 「当たり前じゃ。城でそなた食しておったではないか、何をいまさら」
 「あれは私に合わせてくれてるのかな、と・・・」

 違ったのか、と少し嘆息するとヴェルは鼻で笑って赤ワインをあおった。それをジト目で見ながら美味しそうに湯気を出す肉を口に運ぶ。

 「!・・・凄く美味しい・・・」
 「そうであろう?ここは余のお気に入りの店なのじゃ」
 「本当に美味しい・・・」

 夢中で食べている聖をヴェルが嬉しそうに眺める。その姿はまるで仲睦まじい恋人同士のようではあったが如何せん男がまだ小さな子供のため、誰も二人がそうだとは思いもしなかった。









 食事を済ませ、大通りに戻ると日差しも大分弱くなっており人の姿も多く見られるようになっていた。

 「夜にならぬうちに城へ戻らねば、急ぐぞ」
 「あ・・うん」

 聖が頷いたのを確認すると行きと同じように一人で足早に歩き出す華奢な少年の背中を見詰め、少女は拳を握り締めた。

 ――逃げるなら今しかないわ。

 このまま城へ戻っても待っているのは死、のみ。ヴェルとの約束など本当に信じられるのかどうか微妙だが今はこれしか助かる道が思いつかない。

 聖が付いて来ていると信じている少年は立ち止まる少女に気付く事も、勿論振り返る事もせず歩き続ける。

 どんどん背中が小さくなる事を自覚しつつ自らも後ずさり、次の瞬間彼とは反対方向へと走り出した。
 走り出した反動で顔を隠していたベールが落ちてしまったがそれを拾いに戻る余裕など彼女は持っていなかった。











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