18






 「勝った・・・」

 呟かれた言葉に凄い勢いで歓声が沸き起こった。それは勝利の雄たけびだった。

 リオウ達は勝ったのだ。まだ主犯格である叔父を捕らえてはいないが、ほぼ彼の軍は全滅した。

 包帯を巻かれた所から生暖かい血が滲み出ているのが分かったが、リオウはそれを決して顔に出そうとはしなかった。それは彼が初めて見せる喜んでいる兵への気遣いであった。

 じっとりと脂汗をかきながらもリオウは清々しい気持ちで満たされていた。戦に勝利し、長年の蟠りも溶けつつある。

 「・・ディー」

 彼女に会いたい気持ちを抑えられない。彼女は少しでも自分を心配してくれているだろうか。
 目を細める王の姿にシャールはふっと息を吐くと彼に近付いた。

 「後は私にお任せ下さい」
 「しかし・・」
 「上の空でいられても邪魔なだけです」
 「・・・」

 ムッとするが言い返せない。その通りだからだ。それに何時になくシャールの顔が優しげだったのも理由の一つだ。


 「護衛を用意しました。急げば1日で着くでしょう」
 「・・・ああ。すまない」


 リオウは薄く笑んだ。数時間後にはその顔が凍りつく事などその時は思いも寄らなかっただろう。











 王都に入るとすぐに異常に気付いた。人がまばらに倒れており、建物にはひびが所々入っている。

 「一体何があったのだ・・・!?」

 まさか敵軍が王都にひそかに進軍していたのか。だが、そのような情報は一切なかったはずだ。
 馬から降りて倒れ臥している人の中で生きている者はいないかと確認していると、

 「お、王!!」

 よろよろと血を滴らせながら一人の兵が必死に這いずって来た。

 「何があったのだ!?」
 「は、反乱です・・ロクスバーグの残党が・・」
 「何だと!?」
 「奴らはすでに城にまで・・」
 「――――!!」


 頭が真っ白になった。奴らの目的は明らかである。ロクスバーグの再興。そのために必要なものは、ロクスバーグ王家の血。

 ロクスバーグの正統な王家の血をひくのはフローディア姫ただ一人である。


 もう、遅いだろう。きっともう彼女はいない。

 9割の諦めと1割の希望を胸にリオウは遠くに見える己の城を見詰めた。遠目では煌びやかなで何も変わりなく見えるそれであるが、おそらく内部は恐ろしい事になっているだろう。

 それでも自分の帰る所はそこ以外に有り得ないのだから。例え待っている人がいなくても、帰るしかないのだ。



 そして彼は悲嘆する。



 いつもなら厳重に閉じられているはずの門は打ち破られ、兵達が事切れている。戦地へ赴くにあたって城の警備が手薄になり、太刀打ち出来なかったのだ。

 「すまぬ・・」

 兵士一人一人に声をかけ、絶望に支配されたままリオウは一人静かにある場所へと向かっていた。王であるリオウの寝室のさらに奥――後宮である。

 いつも後宮はひっそりとしている。主が一人しかいないためだ。だが、今日の後宮はいつにも増して静かだった。

 だが、息を潜めてはいるが、明らかに人の気配がする。しかも多数の。


 ――敵か・・?


 だが、それにしては気配の消し方が下手だ。それにもう城に残っている理由などないはずである。
 不審に思いながらも腰の剣に手を掛けて、気配のする部屋のドアを勢いよく開くと、

 「覚悟!・・・!?王・・!?」
 「リリィではないか!それに侍女達も一緒か」

 敵だと思っていた二人は拍子抜けをしてお互い剣を放す。いつもならすぐさま非礼を詫びるはずのリリィであるが、今日は違った。目に涙を滲ませてリオウに縋りついたのだ。

 「王!!ロクスバーグの残党が城にまで攻め込んで来て・・・!!」
 「分かっておる。お前達は無事であったのか?」
 「女達には手出ししませんでした・・ですが・・」
 「姫は!?姫はやはり・・」

 一瞬、リリィの顔が曇ったがすぐに元の忠実な侍女の顔に戻り、リオウからも手を放して深く礼をした。

 「申し訳ありません。私が部屋に向かった時にはすでに姫様の姿はなく・・・」
 「・・いや、お前のせいではない・・分かっていた事だ」


 そう、分かっていたはずだ。彼女がここにいるはずはないと。だが、やはり絶望は想像以上のもので。


 「王?どこへ・・」

 フラリと部屋から出ようとした主に侍女は声をかけるがリオウは耳に入っていないのか、そのまま時折よろめきながら姿を消してしまった。

 すぐに後を追おうとして足を踏み出したが思い止まる。

 「王・・・」


 フラフラとリオウは行く当てもなく城の中をさ迷い歩く。今になって背中の傷がズキズキと痛む。暗殺者に切りつけられた傷もまだ完全には癒えておらず、それも加わり普通なら立っていられない状態だった。


 ――何をしておるのだ私は・・・。

 自問するが答えが返ってくるわけがない。自分でもなぜこんな事をしているのかが分からない。

 姫はもういないのだから。これ以上探す必要などないのに。

 だが、王の足はゆっくりと、しかし決して止まる事はなく気が付くと城の外へ出てしまっていた。
 眩しい光に目を細めながら、ようやく男は納得する。

 「やはり・・・行ってしまったのだな・・・」


 長い間姫のいるはずであろう国の方角を切なげに見、ふと断ち切るように顔を背けて再び歩き出す。今度はちゃんと目的地があった。

 庭を進んだ先にある、リオウとフローディアの始まりの場所。忌まわしい思い出しかない幼い自分に出来た初めての優しい時間。
 あの木を無性に見たくなったのだ。最後まで何と執念深いのだと自分に呆れつつ足を進めて行くと、幻が見えた。


 「――――姫・・?」

 会いたくて仕方がなかった自分に見せた幻か。儚げに微笑んだ愛しい少女が木陰に一人佇んでいた。


 始めに動いたのはフローディアの方だった。

 「リィ・・・生きて、いたのね・・」

 ゆっくり一歩一歩確かめるように歩いて来る少女に青年は凍りついたように動けなくなってしまった。

 やはりこれは幻だ。己を憎んでいるはずの少女が自分に微笑みかけながら初めて自分から歩み寄って来るのだから。


 必死に言い聞かせる王であったが、彼女の細やかだが暖かい指先が頬に触れた瞬間、夢から覚めたように大きく息を呑んだ。

 「・・どうして泣いているんですか・・?」

 問われて初めて自分が涙を流している事に気付いたが、止める術はもはやどこにもありはしない。

 震える手で彼女の手に触れて、リオウは戸惑いながらも必死に口を動かした。

 なぜここにいるのか。どうして逃げなかったのか。なぜ自分が触れても逃げないのか。なぜ、なぜ、と。


 それに姫は一つ一つ頷きながら、最後にもう一度大きく頷いて花開いたように笑った。


 「そんな事・・・簡単です・・・あなたを愛しているからですわ」











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