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 何度も何度も名残惜しげに振り返る青年騎士を見て彼の上司である男は苦笑した。

 「・・やっぱりまだ諦めきれないか?」

 男の声に青年はビクリと肩を揺らしたが、すぐにいつもの明るい笑いを顔に乗せた。

 「俺は彼女が幸せならもういいんです」
 「だが・・姫様はお前の・・」

 だが、続きを男は言う事は出来なかった。目に見えて青年の顔が強張っていったのが分かったからだ。失言だったかと自分を諌め、彼を痛ましげに見詰める。


 青年騎士、レギンは強張った顔を解すように口を持ち上げるともう一度振り返った。




 あの時、フローディアが自分の手を取った瞬間、レギンは彼女が答えてくれたものと思った。自分と共にロクスバーグへ帰ってくれるものと。

 しかし、そうではなかったのだ。あれは、別れの握手だったのだ。

 力強く握られた手にポタリと落ちた雫は果たしてどちらのものだったのか。

 ”ごめんなさい・・・”


 何度も謝罪する姫を責める資格など自分にはないとレギンは分かっていた。彼女を放っておいて、辛い時に傍にいてやれなかった。彼女が自分を拒絶するのも最もだと。


 だから、彼にはまだ希望が持てた。だが。


 ”愛してしまったのです・・・私は彼を・・王を愛してしまったのです”


 信じられなかった。同盟国であるロクスバーグを裏切り、多くの民を殺し姫は家族の全てを奪われた。


 ”憎い仇である王をあなたは愛したのか!?”

 信じたくなかった。ついつい責める様な言葉使いになってしまうのを止める事は出来なかった。

 だが、彼女はその全てに耐えて、それでもキッパリと言った。


 ”確かに彼は私の、国の憎い仇です。初めは彼を殺める事ばかり考えていました。ですが、彼の優しさを知り苦悩を知り、少しずつ私の気持ちは変わっていきました”

 ”これを認めるには随分と時間がかかりましたが、今ならはっきりと言えます。私は彼を―――”





 「愛しています」

 言い聞かせるようにゆっくりと紡がれたそれはリオウの体内に染み入っていった。

 「あなたを愛しているからここに残ったのです。ロクスバーグの第一王女ではなく、一人の女として決断しました」
 「一人の女・・・」

 混乱しているのか、オウム返しに呟かれたそれに姫は真剣な眼差しでもって答えた。

 「・・一国の王女として、私は間違っていると思います。愚かな、と言う者達もいるでしょう。それでも・・それでも私はもう一度あなたに会いたかった・・!!」

 込み上げて来る感情を抑えることが出来ずに、じわりと涙腺が緩む姫を相変わらずリオウは呆然と見詰めていた。


 目の前で繰り広げられている事が他人事のように自分の横を素通りしていく。


 ようやく姫が泣いているのだと言う事だけは気付いて慌てて反射的に抱き寄せる。

 「・・泣くな・・姫に泣かれると・・」
 「どうして何も言ってくれないのですか・・・やはり国を捨てた私などもういらないと・・?」
 「違う!!」


 ようやく思考回路が動き始めてきた。姫がいらないなど、あるわけがないではないか。

 「ただ・・信じられぬのだ・・姫が私を愛するなど・・」

 今まで誰からも愛を受けてこなかった。故に愛されるとはどういう事なのかがひどく曖昧で、自分の中で夢物語に等しいのだ。


 「初めは憎みました。憎んでも憎みきれないほどに・・・でも・・辛い時悲しい時傍にいてくれたのも、あなただった。もう、随分前から私はあなたが好きでした。認めたくなくて足掻いていたのです」

 でも、もう二度と会えないと思ったら、突き放されると思ったら言わずにはおれなかった。


 「何度でも言うわ・・・あなたが好きよ・・リィ」
 「―――っ」


 どうしようもなく湧き上がる愛しさをどう伝えるべきか分からずにきつく彼女を抱き締める事しか出来なかった。そっとフローディアが手を回してくる事に喜びを感じる。

 傷の痛みなど、戦の疲れなど、この幸せの前では取るに足らないことだ。


 「夢のようだ・・」
 「夢ではないわ・・」
 「あぁ・・・この温もりは夢ではない・・」
 「・・愛しているわ」
 「ああ・・・私も・・愛している。あの日からずっと・・・」


 そして、交わした口付けは少ししょっぱかった。











 締め切った室内の中にいても、外から聞こえる割れんばかりの歓声が聞こえてきて、姫は緊張に顔を強張らせた。

 その姿を捉えて、リオウは柔らかく微笑んで力づけるようにその肩を叩く。

 「リィ・・・」
 「大丈夫だ・・私が傍についている」


 今日は、リオウとフローディアの正式な結婚式と民へのお披露目の日だ。他国出身である自分が受け入れられるのか、フローディアは心配でならない。

 「でも・・」
 「私の自慢の妃だ。歓声が聞こえるだろう、皆、姫を待っている」

 確かに、耳をすませなくても聞こえてくるそれに悪意は感じられない。リオウにも深く頷かれてようやくフローディアの緊張がほぐれてきた時だった。

 「お時間でございます」

 無機質なシャールの声により、二人は立ち上がり、差し出された手に姫は己のそれを重ねる。


 そのまま城の最上階にある広大なバルコニーへ出ると割れんばかりの歓声が巻き起こった。

 圧倒されて、傾いた妃の体を抱きとめると、そのまま王は彼女の額に口付けを落とした。

 「!?リィ!」
 「見せ付けてやればよい・・・これで姫はファーフナーの王妃となったのだな」

 感慨深げに囁いて、ふと顔を曇らせるリオウにフローディアは心配げに見上げる。

 「叔父君が捕らえられたとはいえ・・・まだまだ私を認めていない者は多い・・苦労をかけることになると思う・・」
 「そんな事、あなたを愛した時から覚悟は出来ていますわ」


 今更何を、と笑う姫に王は目を白黒させたが、すぐに憂いを消して耳元に甘く囁きかけた。


 「愛している・・・これからもずっと、永遠に・・・フローディア・・君だけを・・」








 終わり







 あとがき

 「花冠の姫君」を読んで下さった皆様、誠にありがとうございますv皆様の暖かいご声援があって本日連載を無事に終了する事が出来ました。
 元々は中篇を考えており、19話(序を入れると20話)までいくなんて思ってもいませんでした。
 初めはリオウは嫌われまくっており、どうなる事か心配しましたが、彼の苦悩や過去が分かってくると「頑張れ!」など応援のコメントも多く頂いてリオウ共々嬉しく思います。
 実は、この話は中盤ぐらいまで悲恋にするかハッピーエンドにするかで迷っていました(汗)一度悲恋を書いてみたかったのですが、書いているうちにリオウに愛着がわいてしまい、これ以上は可哀想だと言う事で、姫と幸せになってもらいました(笑)
 婚約者であるレギンは最後まで登場がなくて残念だったので、また番外編などで出せたらいいな、と思っております。
 番外編についてですが、書くと思います、と言うか書きたいです。二人の新婚話ですとか(笑)
 ですからこれで終わりではない(と思います)ので、あまり感慨深げにはなりませんね。初めての完結なのでもっと何かしら感じると思ったのですが。
 すでにもう新連載を考えているせいでしょうか。来年には連載スタートになるかと思います。そちらも皆様のお気に召せば、と思います。
 それでは。(2006.12.29)
 











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