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 自らの愛馬、アトラスに跨ったリオウは切れ長の目を細めながら靡く髪を鬱陶しげに払った。

 彼が見詰める先にいるのは無数の兵だ。だがその兵は自国のものでありながら敵軍であった。

 軍の数ならリオウが圧倒的に上回っている。だが、士気が全く違う事を王は分かっていた。兵の中にもまだ自分を王と認めない者がいると彼は知っていた。

 味方からの裏切りが一番恐ろしい。後ろから刺されかねない。


 「五分五分・・・か」

 この戦いに生きて帰れるかどうか。

 今までなら死ぬ事など怖いと思わなかった。自分の人生は産まれた時から死んでいるようなものであったから。だが、今は生きたいと強く思う。

 不謹慎だと思いつつも脳裏にはいつも姫の姿があった。


 自分を恨んでいるはずの愛しい彼女。彼女にとっては自分などいない方が幸せだろう。だが、この戦いに敗れれば姫にも害が及ぶだろう。

 「それだけはさせぬ」


 それにまた会いたいから。どんなに恨まれて憎まれても会いたいから。また彼女に会いたい。それだけを胸に・・・。



 「出陣だ!!」


 王が煌びやかな剣を高々と上げて宣言した瞬間、背後にいた兵達から歓声が上がった。

 戦いの始まりだ。











 「・・っ!・・はぁ!!」

 もう幾度剣を振るった事だろう。剣先は血塗れて切れ味もかなり悪くなっている。鍛えているとは言え、リオウにも少々疲れが見え始めた。

 「くっ・・!!」

 敵兵の喉をかき切ったのを確認してから血のたっぷり付いた剣を払って周りに視線をやる。

 味方も敵も大分数が減ってきた。敵兵も段々と士気は低下し始めて、このまま行けば勝てると思った矢先であった。


 「・・!?・・・か、はっ・・・!」

 突如背中に鋭い衝撃が走り、息が詰まった。

 「王!!」

 シャールの悲鳴を呆然と聞きながら落馬したリオウは再び背中に凄まじい痛みを感じた。


 「死ね!穢れた蛮族め!!」

 うっすらと目を開けてリオウは納得した。


 ――やはり裏切り者か。


 鈍く光る切っ先を見詰めながら男は死を覚悟した。シャールは間に合わない。剣を受け止める力はもはや彼にはなかった。

 瞼を閉じると遠い昔に見た姫の優しげな笑顔が浮かび上がった。


 ――もう一度、笑顔が見たかった。



 だが、襲ってくるはずの衝撃はいつまでたっても来ない。代わりに、

 「大丈夫ですか、王!?」
 「ご無事で!?」

 何人もの兵の声が聞こえてきた。

 「・・お前達・・・」

 見ると、リオウを刺そうとしていた男は倒れていて何人もの兵が王を心配そうに見ていた。
 驚きに一瞬痛みを忘れたが、立ち上がろうとしてようやく刺されたのだと思い出す。

 「王!今はお動きにならない方がよろしいです」
 「安全な所へ・・・」

 差し伸べられた手をリオウは取れなかった。ただ酷く狼狽しているだけだ。だが、シャールが深く頷いたのを見ると、意を決したように手を伸ばした。

 「・・すまぬ」

 無意識に出たそれに兵達は一瞬驚いたがすぐに頬を染めて笑った。

 「い、いえ!」


 その顔を見て、リオウは長年のわだかまりが溶けていくような気がした。

 血筋に拘っていたのは己自身だったのだ。拒絶されるのが怖くて近付こうともしなかった。

 認められるわけがないと決め付けて最初から逃げ出していた。ちゃんと見てくれている人はいたのに。


 「・・私を王だと言ってくれるか・・・」
 「当たり前です!我が国の王はリオウ様以外おりません!この戦、必ず勝ちましょう!!」
 「・・・あぁ・・勝とう・・」

 勝って、彼女に会いに行くのだ。











 「ど、どうしてレギンが・・」
 「ここにいるかって?」

 困惑するフローディアとは裏腹にレギンは至極明るく笑いながら彼女をそっと降ろした。
 背中に微かな痛みを感じつつも、目の前の光景に彼女の神経は注がれていた。それも当然だ。もう生きてはいまいと思っていた婚約者が突然現れたのだから。


 「生き残ったロクスバーグ兵達は密かにファーフナーに隠れてずっと機会を窺っていたんだ」
 「・・機会・・」
 「そう。姫を取り戻す機会を」

 引き寄せられて抱き締められる。姫が体を強張らせるのを感じつつ、しかしレギンは愛おしげに微笑んだ。

 「帰ろう。俺達の国に」

 その言葉は狂おしく痺れるばかりにフローディアの耳に突き刺さった。
 ずっと夢見ていた日がやっと来たのだ。愛するレギンと共に国に―――

 「でも・・私はもう・・」
 「俺は気にしないよ?妃となったのはフローディアの意志ではないのだから」
 「でも・・もうレギンに相応しくないわ・・私・・」
 「姫!!」

 抱き締められた腕が一層強くなる。息が出来ないほどに強く。

 「それ以上言わないでくれ!俺はずっとこの日だけを待っていたんだ!姫が王に・・・そう思うだけで俺がどれだけ・・・!!」

 愛しい女が他の男の腕の中にいると思うだけで気が狂いそうだった。一人でも城に乗り込もうとして何度止められた事か。

 「やっと・・やっと会えたんだ・・何も言わずに俺に付いて来てくれ」

 ようやく腕の中から解放される。だが、相変わらず息苦しく心臓は爆発しそうなくらいだ。

 「レギン・・・」

 感極まったように涙を流す姫をレギンはどうしようもなく愛しく感じた。


 「姫・・・俺と逃げましょう・・・」


 差し出された手をフローディアはそっと握った。        











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