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 「どうして私にこんな事を話したのですか・・?」

 フローディアは誰にリオウは命を狙われているのか聞いただけで彼の過去については聞いていない。それなのにシャールがそれをしたのには何か理由がありそうだと思った。

 「・・あなたも私と彼が愛し合う事を望んでいるのですか・・?・・だから同情させようと・・」
 「あなたがどう思おうと、それはあなたの自由です」

 切って捨てるように言い放ち、シャールは姫に背を向けた。

 「・・私はあなたが王のためにはならないと考えています。あなたは王の弱みとなっているからです」
 「弱み・・?」
 「今回の事にしてもそうです。今まで王はこんな酷い怪我をなさる事はありませんでした。ですがあなたを庇った事でこうして命に関わる怪我を負ってしまった」
 「・・あなたは私を邪魔に思っているのですね」
 「ですが王はあなたを望んでいます。ならば私が言う事は何もございません」

 そして彼は目の前にある扉から静かに部屋を後にした。パタンと閉まる音と同時にフローディアはその場に崩れ落ちた。
 まだ先程の恐怖が拭えていない事は勿論の事、シャールから聞いたリオウの悲惨な過去も姫の動揺を煽っていた。

 これは決して聞いてはいけなかった事だっただろう。もう今までと同じ目、憎しみと言う目でリオウを見る自信はなかった。
 同情心はもちろんあった。素直に可哀想だと思った。だが、それ以上にもっと別の違う思いが胸にこみ上げてきた。言い様のない名前の付けられない感情が。

 「嫌・・・」

 無意識に囁かれた言葉はリオウの苦しげな呻き声に掻き消された。弾かれたように顔を上げてベッドで眠っている王に目をやると、彼は顔を左右に苦しげに動かし、手は何かを掴もうともがいていた。

 「うっ・・く、はっ・・・!」

 助けを求めるかのようなそれを聞きたくなくて、フローディアは目を瞑り、手で耳を押さえたがやがて諦めたように立ち上がり、そっとベッドに近寄った。

 ――こんな事をしてはいけないのに。

 これ以上近付いては触れてはいけない。だが、姫の手は半ば無意識に王の手に触れていた。

 すると、彼女の手から伝わる温もりが彼を癒していくように、リオウの表情は和らいでいった。
 ホッとして添えていた手を外そうとしたが、リオウが離れているのを嫌がるように彼女の手を強く握った。

 「!?」

 フローディアは慌てて手を引こうとするが、思いのほか強く握られており簡単には外れそうになかった。しばらく外そうと試みたが、諦めてそのままにしておく事にした。

 「・・・・・・」

 安らいだリオウの寝顔はあどけない少年のようで、何だかくすぐったい様な妙な気分にさせられた。
 ジッと顔を見ている事に気付いて慌てて視線を外すが、その目に映ったものは胸に巻かれた血の染みた包帯だった。

 ――この傷は私のせいで・・・。

 彼が庇ってくれなければ死んでいただろう。助けも呼ばなかったのに駆けつけてくれたリオウ。ただひたすら自分のためだけに戦ってくれた。

 「・・・リオウ・・」

 戸惑いがちに延ばされた手はベッドに波打つ漆黒の髪に触れる。これが彼が疎まれる元凶だとは思えない程美しく艶やかだ。
 それに触れているうちに眠気が襲ってきた。今日は色々あり身体的にも精神的にも限界だったのだ。

 そしてフローディアは誘われるままに眠りの世界へと身を任せた。ふわりと男の眠るベッドへと頭が沈んでいく。

 完全に意識が沈む前にリオウに良く似た黒髪の少年が微笑んだ光景が脳裏を掠めたが、それがどういう事か考える思考はもはや姫には残ってはいなかった。











 ぼんやりとした光に包まれる中でうっすらと開けた紫の瞳は数回瞬きをした後、いつものように起き上がろうとして体を動かした瞬間激痛に襲われ、再びベッドへと沈み込んだ。

 痛みのおかげで完全に眠けは吹き飛んで、リオウは自嘲した。

 「・・生きていたか・・」

 あの時、本当に死んでもいいと思った。姫に殺されるならそれもいいと。だが、こうして生きていると言う事は姫は殺せなかったと言う事だ。

 「・・嬉しいのか・・私は・・?」

 生きている事よりも姫が自分を殺さなかったと言う事実がリオウを喜ばせた。少なくとも前ほどは憎まれていないのでは、と思ってしまうほどに。

 「・・・愚かだな・・」

 笑うと傷に響くのだが、それでも笑わずにはおれずにリオウは渇いた笑い声を上げた。

 「ふっ・・・ん・・?」

 ひとしきり笑った後で、ある違和感に気付きふと視線を下げた時、彼はあまりの衝撃に一瞬体を引きつらせた。

 「・・姫・・?なぜ・・」

 フローディアが自らの手を握ったままベッドに上半身を預けて眠りこけていたのだ。手を外す事も出来ず、リオウはしばらくその場で固まったが彼女が寒そうに体を振るわせている事に気付いた。

 何か掛けてやらなければ、と思うも体が思うように動かずに呻き声が出るだけだった。何度かそれを繰り返している内に、触れ合っていた彼女の手が動いた。

 「!・・姫・・起きよ」
 「・・ん・・」

 その声に促されるように目を覚ましたフローディアにリオウは安堵の息を吐いた。フローディアは差し込む光が眩しいのか少し目を顰めながら上体を起す。

 「え・・・あっ・・!?」

 リオウと目が合った途端に姫は頬に朱を走らせて慌てたように立ち上がり、ベッドから後ずさった。
 その様子に内心で首を傾げながらもリオウは問わずにはおれなかった。

 「一晩中私に付いていてくれたのか・・・?」
 「あなたが私の手を掴んで放さなかったので・・・」

 必死に否定しながらも言い訳にしか聞こえない事はフローディア本人が一番良く分かっていた。それでも口から出てくるのは暗示するような言い訳の言葉ばかりだった。

 「あなたを殺さなかったのは生きていて欲しかったわけではないし、こうしてここにいるのも私の意志ではないわ・・だから・・」
 「分かっている」

 王の声に呆れや侮蔑など一切感じられなかった。恐る恐る見た彼は今までにないくらい柔らかな表情を浮かべて姫を愛おしそうに見ていた。

 「姫が無事で良かった」
 「――――っ!!」


 なぜ。なぜ今笑顔を見せるの。あの時のように冷酷なままでいてよ。でないと私は・・・。


 「わ、私っ・・部屋に戻ります・・!」

 青ざめて逃げるように部屋を出て行ったフローディアを訝しく思っていると、彼女と入れ替わるようにしてシャールが部屋に入って来た。

 「いかがなさいましたか」
 「いや・・少し姫の様子が気になっただけだ」
 「・・・左様ですか」
 「・・・何か話したのか?」

 普通なら気付きもしないシャールの僅かな変化を見逃さずに鋭く切り返す王に隠す必要もないだろうとシャールは考えた。どうせすぐに分かる事だと。

 「王の過去について姫にお話させて頂きました」
 「何だと・・・!?」

 思わず身を乗り出そうとしたリオウはあまりの激痛に一際大きく呻いた。

 「王、今はお動きにならないで下さい。傷に障ります」

 貴様のせいだろう、とリオウはシャールを睨んだが、彼は無表情でもって答えた。

 「王の許可なく話をしたのは私の責任ですが、彼女も命を狙われた今となっては話しておいた方がいいのではと思いまして」
 「・・・そうだな・・」
 「どうなさいましたか?」

 突然ぐったりと覇気の無くなった王をシャールは疑問に思ったが、リオウは既に彼を見てはいなかった。水晶のような瞳はただ天井だけを空虚に映している。

 「・・・本当に私は愚かだ・・」
 「は・・?」
 「・・・同情だったのだな・・」

 そしてリオウは渇いた笑みを浮かべた。そこにはわずかに悲しみが見え隠れしていた。  











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