フローディアはロクスバーグ王国の第一王女としてこの世に生を受けた。
 ロクスバーグ王国は小国ではあるが、運河や山々に囲まれているので敵も侵入しにくく、そのため長く戦争を経験していない平和な国であった。

 フローディアもその穏やかな国で健やかに育ち、真のある優しい女性に成長した。
 柔らかそうな栗色の髪は花の香りをまとい、優しく微笑む彼女の美しさは山々を渡り、他国にも渡っていたため多くの求婚があったが、そのたびにフローディアの父であるロクスバーグ王は丁重に断っていた。

 何も可愛い一人娘を国から出したくなかったわけではない。彼女にはすでに心に決めた相手がいたのだ。

 普通、王族は他国の王族や権力者と結婚するのだが、ロクスバーグ王はあくまでも娘の幸せを願って恋愛結婚させようと決めていた。
 それが例えどんなに身分が低くても、娘が幸せであればそれでいいと考えていたのだ。


 そしてフローディアは父の望み通り、自分で愛すべき相手を見付けた。
 その男の名前はレギンと言い、まだ見習い騎士であったが父はロクスバーグ王の信も厚い騎士団長であったため、その将来は有望視されていた。

 元々年も同じで、臣下とも分け隔ての少ない国であったため、二人は幼い頃からよく遊び、幼馴染の二人が時を経て恋人同士になる事はとても自然な事のように思われた。

 もちろんロクスバーグ王も大賛成で、レギンを姫付きの護衛騎士に抜擢した。

 レギンはフローディアを自分の命にかけても守る事を誓い、姫はますます騎士に心惹かれた。

 そして二人が18歳になった今年、ついに結婚を誓い合ったのだ。

 それを耳にした民も手を上げて喜んだくらいであった。この国も誰もが二人の盛大な結婚式を心待ちにしていた。


 だが、そんな幸せな日々も結婚式を10日後に控えたある日いとも簡単に崩れ去った。

 ロクスバーグ王国の長年の同盟国であり隣接する大国、ファーフナー王国が突然挙兵したのだ。

 何代も前の王から続く二国の同盟条約は一人の若き王によって破られた。

 ファーフナー王国は何年か前に王が変わって以来、それまでとは打って変わって兵力を蓄えていき、抵抗する国を滅ぼし侵略の限りを尽くすようになった。

 これにはさすがのロクスバーグ王も困惑し、兵の蓄えを始めたがそれは遅すぎた。その上ただでさえ大国であるファーフナー、他国を飲み込んでますますその領土の兵を増大させていたのだ。所詮小国相手で敵うはずもない。

 戦争開始の予告もなく大量の兵を送り込んで来たファーフナーにロクスバーグは小規模ではあるが兵を挙げて戦った。

 その戦いにはもちろんロクスバーグ王もレギンも出る事になり、レギンとフローディアは離れ離れになった。

 必ずロクスバーグ王を守って生きて帰ってくると言ったレギンの言葉にフローディアは涙を流しながら何度も頷いた。

 だが、その約束は果たされる事はなかった。

 ロクスバーグ王は戦場で倒れ、レギンの生死もフローディアには分からなかった。

 ロクスバーグは戦争に敗れたのだ。

 これは当然の結果であるが、他国やファーフナーでさえ、なぜロクスバーグのような小国を相手にするのか、なぜそんなに大量の兵を送り込む必要があるのか疑問を持った。

 ロクスバーグは確かに豊かではあるが、自然の要塞に守られており行き来はしにくい。例え侵略してもあまり意味を成さないのだ。それを長年の条約を破ってまでする理由が分からない。

 不平不満を言う者は多くいたが、それは影での話だ。表立って言えば命が無い事くらい理解していた。まだ若きファーフナー王は残虐王としても有名なのだ。












 ファーフナー王国の居城のとある一室に若い男が豪勢な椅子に腰掛けて物思いに耽っていた。

 そこへ機械的な足取りで彼に近付いてくる者があった。

 男はそれに気付いたが、そちらを見ようともせず変わらず瞳を閉じていた。相手が誰なのか分かっていたのだ。

 「王、我らの勝利でございます」
 「・・・そうか」

 そこで初めて王と呼ばれた男はゆっくりと目を開けた。
 勝利と言われても特に何の感情も湧いては来ない。ロクスバーグに負ける事など始めから考えていなかったからだ。

 それよりも彼には重要な事があった。

 「・・例の件でございますが、兵の情報によりますと見事に成功したとの事です」
 「・・・そうか」

 部下である男は王の微妙な変化に気付いた。同じ一言でも二度目のそれには感情が窺えた。期待と喜びと言う感情が。

 それに難しい顔をする男を尻目に王は優雅に立ち上がるといつになく軽やかな足取りで部屋の中央まで歩いて行った。

 「・・・あとどれぐらいで着くだろうか」

 王の目は窓を通して遥か彼方にあるロクスバーグ王国を映していた。

 「・・・あと三日ほどかかるかと」
 「三日か・・・」
 「急ぐように命じますか?」

 三日は王にとってひどく長いように思われた。急かせる事も出来るが、それをすると彼女に負担がかかる。女の身で険しい山を越えるのだ。例え馬を使っても激しく体力を消耗する。

 「・・・いや、いい。私が待てばすむ事なのだから」
 「そうですか・・」

 王らしくないと思う。いつもの彼ならば何が何でも急がせるだろう。なのに・・・。

 ――ロクスバーグの姫・・・か。

 その名を聞いた時は冷静沈着で知られている王の有能な側近である男も驚いた。侵略をすると言った時も皆殺しにすると言った時も眉一つ動かさなかったのに。

 男の仕えるファーフナー王は若いとは言え何人もの妃を持ち、御子がいてもおかしくはない。それなのに王には一人も妃がおらず、後宮も寂しいものだ。

 正確に言うと、色々な権力者が王の妃にと娘を送り込んできたが、王は見向きもせず後宮に通おうともしなかった。

 始めはそれでも構わないと言う権力者もいたが、それが何年も続くと流石に諦めるよりなかった。所詮王の子を産むためだけの存在。それを果たせなければ妃などいても意味がない。

 いつしかファーフナー王は女に興味がない。男色なのでは、と囁かれていた。その矢先の出来事であった。今回の挙兵は。


 ”ロクスバーグ王国の第一王女、フローディア姫を私の元へ連れて来い”


 これまで一切の女性を拒絶してきた王が始めて自分から女を求めたのだ。しかも決して傷付けずに丁重に扱うように口添えまでした。

 ファーフナーとロクスバーグは古くから友好国であったが、ここ何年かは交流は無かった。ロクスバーグ姫の噂は当然隣国であるファーフナーにも届いていたが、それに王が興味を示すとは思えない。

 二人が面識があるとも考え付かず、ずっと不思議に思っていた。

 そこへ先程の王の様子だ。姫の到着を待ちわびているのにも関わらず、姫の体を気遣って急がせようとはしない。
 残虐非道な王のこの行動は不可解極まりなかった。


 元々王に不満を持つ者が多い中でこれは波紋をよんだ。ある者は世継ぎが出来る良い機会ではないかと言ったが、ほとんどは敵国の王女など、いつ寝首をかかれるか分からないと言う見解であった。

 かく言うこの男も後者の一人だ。突然国を滅ぼされて家族を皆殺しにされて恨みに思わない人間などいない。

 姫が思いつめて王の命を狙わないとも限らない。

 ――吉と出るか凶と出るか・・・。

 吉ならばファーフナーの正統後継者の誕生、凶と出れば王の命に関わる。


 ロクスバーグはもちろん、ファーフナーにとっても運命の姫君はもうすぐここへやって来る。    











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