「・・・奴らが動き出した」


 日も沈みかけた夕暮れ時、歴史を感じる日本家屋にひっそりとした老人の声が響いた。

 「狙いはあの子だ。愚息が死に、あの子はおなごとは言え、この世で唯一直系の血を受け継ぐ者となった・・・この意味が分かるか?」

 老人はゆっくりと巻物から目を離すと、目の前で控えている少年と対峙する。

 少年は老人の視線を受け止めるとゆっくりと跪いた。

 「心得ております。彼女は私の主となるお方ですから」

 少年の答えに老人は軽く頷くそして、

 「行け」

 とだけ言うと、用は終わったとばかりに再び手元の巻物に目を落とした。
 少年は最後に深々と頭を下げてから立ち上がると、部屋を後にした。









 少年――間宮蒼司は長い廊下をゆっくりと歩きながら自分が酷く興奮している事に気付いた。

 それを紛らわすように、腰に下げた日本刀の柄を左手で弄びながら歩を止めて、沈み行く夕日を見つめる。

 「ようやく・・・この時が来た」

 自分の耳に僅かに届くばかりの声で呟くと、目を閉じる。
 少年があのお方に仕える事は彼が物心ついた時から両親に繰り返し言われていた事だった。

 間宮家に生まれ、長男として、九条家当主に仕える事は遠く千年前から決められていた事だ。
 幼い蒼司は特に疑問に思う事もなく、早く祖父や父のように九条家に仕えたいとさえ願っていた。

 しかし、あのお方と少年は未だ顔を合わせた事はない。情報として写真は見た事があるが、声すら知らなかった。

 「・・・この方が俺がお守りすべき九条家の直系」

 着物の裾から一枚の写真を取り出すと、愛おしそうに眺める。
 写真の中で微笑む、あどけなさの残る少女を見ていると自然と少年も笑みを浮かべる。そこには、いつも無表情で何を考えているか分からないと評される彼はいなかった。

 こみ上げる衝動は抑えがたく、左手を柄から離して、そっと写真を撫でる。

 「・・九条、紫織様・・・」

 彼女に会える時を彼は物心ついてからずっと願っていた。もう10年は経っているだろう。

 その彼女が敵に狙われている。傷つけられようとしている。

 徐々に少年の漆黒の瞳に剣呑な光が宿り始めた頃、大切そうに写真を裾に仕舞うと、次の瞬間には目にも留まらぬ速さで抜刀していた。


 シュッ


 素早く一振りして鋭すぎる刀を鞘に収めた時、庭に植えられていた花が一輪、茎から綺麗に取れて地面に音もなく落ちた。
 それを見る事無く、彼は再び廊下を歩き始めた。

 「奴らに指一本触れさせない・・・あなたは、俺が守る」











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