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「この寝着はちょっと薄すぎるのではないかしら!?」
言いながら、顔を真っ赤にして侍女達が用意した寝着に文句を付ける主に、ロザリーはやっぱり、と溜息を吐いた。
いくら役目を果たそうと思っても、アリアは所詮深窓の姫君であり、男女の営みに関しての知識はほぼゼロに近いものがあった。
そんな少女のような姫が冷静に己の役目を果たすべく初夜に臨めるなんて始めから期待していなかったのだ。
少しセクシーな寝着にさえあのようにうろたえるのだから、いざ本番となったら気絶してしまうのではないだろうか、と不安すら抱く。
「アリア様、せっかくの初夜なのですからそれくらいでいいのです。先程のやる気はどこへ行ってしまったのですか」
このままでは埒があかない、とロザリーは少し強めに姫に言った。いつまでもこうしていては閨に行く時間に遅れかねない。
ロザリーに叱咤され、アリアもハッとして寝着を握り締めた。正直言うと、姫の言う通り用意された寝着は薄くてセクシーなものだった。貴族であればはしたない、と思われる寝着だが、なにせ相手はあの王子なのだ。
自分以外に興味の無い王子の気を少しでも引く為に今回の寝着が選ばれたのだろう。姫には可哀相だが、これを着てもらうしかない。
「それを着れば万事上手くいくはずです」
「そう言って、ドレスの時は駄目だったわよね」
「・・・今回はシチュエーションと露出度が違います」
疑いの眼で見てくる姫に苦し紛れに言いながら、寝着を半ば強引に着せる。
寝着姿の姫は湯上りな事も相まってとても妖艶で美しい。女である侍女達も思わずクラリと来る色香にロザリーは初夜の成功を確信する――これに飛びつかなければ男ではない、と。
恥ずかしそうに腕で体を隠しながら侍女達に閨へと案内されていく姫を見送って、ロザリーは姫と同じように自分もまた今日は眠れないだろうと感じていた。
侍女達に促されて部屋に入ったアリアは思わず小さく声を上げた。
薄暗い部屋の中央には大きな天蓋付きベッドがあり、サイドテーブルにはランプが置かれていた。
「こ、れは・・・」
あまりに露骨な部屋の様子に姫は顔を染め、これ以上部屋の奥に入る事を躊躇していたが、
「それではアリア様、王子がお越しになるまでしばらくかかりますので、どうかベッドにてお待ち下さいませ」
背後にひかえていた侍女の一人がそう言って、アリアをベッドへと促した。
「ベッドでお待ちするの・・・!?そこにソファーもあるのだから、そこでもいいじゃありませんか!?」
ぐいぐいと背中を押されながらも首を懸命に後ろに向けて、姫は涙目で訴えたが、侍女に笑顔で一蹴される。
結局彼女達に押し負ける形でベッドに腰掛けた姫は、所在無げにシーツを爪で引っかきながら一人、王子を待つ事となった。
1秒1秒がとてつもなく長く感じる中、姫は自らを落ち着かせようと何度も深呼吸をする。何十回目のそれで漸く少し落ち着きを取り戻した彼女は今日行われた結婚式に思いを馳せた。
あの時もこんな風にとても緊張をして――そして、失敗してしまったのだ。それを繰り返してはいけない。
己の使命を呪文のように口中で反芻している内に、いつの間にか時間は過ぎていたようで、扉の向こうが少し騒がしくなって来た。
来た――そう感じた次の瞬間にはガチャリとのぶが捻られる音と共にエトワール王子が顔を見せた。
彼はベッドに座って固まる姫を目に留め、首を傾げる。
「おや?なぜ君もここにいるんだい?そのベッドには僕がこれから眠る予定なんだよ」
部屋に物怖じせず入って来た王子の言葉に、今度は姫が首を傾げる番だった。
「何をおっしゃっているのですか?今夜は初夜ですのよ」
「初夜?僕にはよく分からないなぁ・・・ひょっとして、僕の美しさを称える新たな言葉か何かなのかい?」
刹那、無理だとアリアは悟った。今夜アリアのすべき事と言えば、緊張を少しでも取り除いて王子に身を任せる事だけであった。それなのに、肝心の王子は初夜が何かも分からないと言う。
「・・・お話になりませんわ。私、自室に戻ります」
呆れすぎて頭痛すらしてきたアリアは先程までしていた緊張が嘘のようにしっかりとした足取りで立ち上がると、王子の横を通り過ぎ、扉へと向かう。
だが――
「・・・・・・?開かないわ」
いくらのぶを回しても扉は開く気配すらない。
「え?どう言う事・・・まさか・・・」
「どうしたんだい?」
事態を全く把握していない王子はのんびりと姫に近付いて荒々し扉を叩く彼女の様子を見つめて目を細めた。
「扉を叩くなんて、全く美しくないよ。手も傷付くし僕はお勧めしないなぁ」
「そんな事を言っている場合ではありませんわ!私達は閉じ込められてしまったのですから!」
「閉じ込める?・・・美し過ぎる僕を閉じ込めたい気持ちはよく分かるんだけれど、僕は美の化身だからね・・・皆に僕の美しさを見せてあげる義務があるんだよ。だから閉じ込めるのは無理なんだ。諦めておくれ」
「扉の向こうにいるのでしょう!?開けて下さい!王子と姫を閉じ込めるなど何を考えているのです!?」
王子の戯言を軽く無視してアリアは外にいるだろう侍女に声をかける。背後では無視をされた王子が、無視かい?無視なのかい?とショックを受けていたが、それもやはりスルーなのだ。
「申し訳ありませんが、鍵をかけさせて頂きました」
扉越しに答えたのは侍女ではなく、年老いた男の声だった。聞き覚えのあるその声に反応したのは無視されている事に憤慨していた王子だった。
「その声は大臣かい。どうして鍵なんてかけるんだ。閉じ込めたいのは美しい僕だけなんだろう?」
「王子、どうかお妃様とつつがなく夜をお過ごし下さい。そのためならば私は鍵だってかけますぞ」
「そんな・・・暴挙ですわ!今すぐ扉を開けて下さい!」
「お妃様、あなた様が以前おっしゃられた決意、今夜果たして頂きたくこのような方法をとってしまいましたが・・・我ら一同信じておりますゆえ!」
「ちょっと!?」
「ご健闘をお祈り申し上げますぞ!」
大臣は嬉しそうに言うと、ははは、と笑いながら侍女を連れて去って行ってしまった。
部屋に取り残された姫は呆然と扉から手を離し、王子は部屋に付けられていた鏡を眺めて何やらブツブツ言っていた。
扉の向こうからは完全に気配が消え、アリアは本当に王子と二人で部屋に閉じ込められたのだと知り、愕然とする。初夜とは、こんなものなのだろうか――いや、絶対に違う気がする。
だが、元から王子と一晩過ごすはずだったのだ。その事実は変わらないのだから、落ち着かなければならない。落ち着いて、己の使命を果たさなければ。
女は度胸。
拳を強く握り、振り向くと、アリアは硬い声で、
「さぁ、王子・・・始めますわよ」
一言、挑むように言った。
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