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「全く、この僕を追い出すなんて何たる事だろう。それに、僕に傷が残ったりしたら大問題だよ。国を挙げての大事になるに決まっているよ。そう思うだろう?」
早口にまくし立てると、一息ついたのか王子は紅茶を口へ運ぶ。その優美な振る舞いは勿論の事、怒って歪められた顔さえも美しい。
多くの侍女が王子の美貌にうっとりとしている中、ただ一人侍女長のみが王子の変化に気付いていた。
王子は常に美しくあろうとしているため表情を歪めたり声を荒立てたりする事など今までほとんど無かった。だが、今は本気で怒っている――これは喜ぶべき事だ。
「あの娘、アリアと言ったっけ・・・まだまだ僕の美しさを真に理解出来ていないようだね。これからじっくりと教えてあげないといけないな」
自らの妃となるアリアの名前すら覚えていなかったのに、いつのまにか記憶したようだ。しかも、期待とは違うが結婚にも何やら前向きになっている。これを大臣達に伝えたらさぞかし喜ぶだろう。
これまでの姫や令嬢達は王子を前にすると皆顔を赤らめたり、俯いたり、賛美を送ったりした。それらの反応に王子は慣れ過ぎてしまっていて彼女達を気にも留めなかった。今回やって来た姫も最初は彼女達と同じだと思ったが、どうやら少々違うらしい。
「・・・結婚式が楽しみですね」
思わず期待を込めて言うと、王子は一瞬何を言われたのか分からなかったのか呆けたが、すぐにいつもの微笑を浮かべた。
「そうだね。その日のためにとっておきの衣装を用意させるつもりなんだ。美しすぎて僕を見た国民達が倒れないかと少し心配しているくらいさ」
「・・・本当に、楽しみです」
先程の怒りはどこへやら、衣装の事を嬉々として語り始める王子を細目に見やり、侍女長は笑んだ。
1週間などあっと言う間である。あれから衣装合わせや結婚式の日程の確認などで追われているうちにいつの間にかその日が来てしまった。
あの日以来姫は王子と会っていなかった。忙しかったし、何だか顔が合わせ辛かったのだ。
「美しいです・・・」
「素晴らしいですわ」
侍女達が口々に賛美の言葉を送る。その声をぼんやりと聞きながらアリアは鏡の前に立っていた。
純白のドレスには同色の薔薇の刺繍が控えめに入っており、胸元には同じく薔薇のコサージュが付けられている。きゅっと詰めたウエストから広がる裾は総レースでふんわりと華やかだ。
燃える様な赤い髪は結い上げられて、姫の瞳と同色の宝石が散りばめられたティアラが上品に付けられている。煌びやか過ぎず地味過ぎない、品のある姿に妃としての威厳が感じられる。
王子がデザインに手を加えると聞いた時は不安に思っていたが、どうやら正解だったらしい。それが嬉しくあったが、何となく癪にも触る。
「アリア様、本当にお綺麗です」
ロザリーが微笑んで言うと、アリアもようやく少しだけ笑う事が出来た。
「ありがとう」
「アリア様、大丈夫ですか?緊張されていますか?」
いつもよりも弱弱しい主に心配したロザリーが近付こうとしたが、
「お時間です」
扉が開き、侍女達が続々と部屋に入って来たためそれはかなわなかった。
手際よく姫のドレスの裾を持つ侍女の姿にあぁいよいよなのだ、と思わず力が入ったが、表には出さないようにと懸命に努めた。
「では、参りましょう」
促されて、アリアは部屋を出て長い廊下を歩き始める。
結婚式はまず王城が所有する大聖堂にて行われる。そこで貴族達の目の前で結婚の誓いを立ててから王城のバルコニーへ移動して中庭に詰め掛けている民衆に向かって顔見せをする。
「こちらでお待ち下さい」
ぼんやりと頭の中で結婚式の日程を振り返っている内に、いつの間にやら大聖堂へ到着したらしい。目の前には見上げるほどの大きな扉が聳えており、両脇には着飾った兵士が扉を開ける用意をしている。
「音楽が鳴り始めて扉が開きましたらお進み下さい」
そっと耳打ちし、最後に姫のドレスを調えると、侍女達は皆忙しそうにどこかへ行ってしまった。
扉の向こうからはかすかに声が聞こえて来るが、詳しくは分からない。声が小さい事もあるが、アリア自身緊張でそれどころでは無かったのだ。
時間が足りなかったばかりに予行練習はほとんど行えなかった。きちんと結婚式を完了させられるだろうか。間違いなど犯せば姫はもちろん、姫の父王や国の評価にも繋がりかねない。
――いやだわ・・・足が震えて来た。
大丈夫だと、自分は冷静だと思っていたが、いざとなるとやはり緊張が隠し切れない。
泣き出しそうになりながらも何とか耐えていると、ハッとするほど大きな音楽が扉の向こうから聞こえて来て、次の瞬間には扉は勢い良く開かれた。
あ、と思った時には眼前に途方も無い光景が広がっていた。何百人と言う華やかな格好をした貴族達、煌びやかな大聖堂のステンドグラス――そして、祭壇の前にはこれからアリアの夫となる天使が立っていた。
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