「何なのよ、あの男は!」

 自室に入るなり、乱暴にドレスを脱ぎ、それをベッドへと投げつけた姫にロザリーは眉を寄せた。

 「アリア様、はしたないですよ」
 「ロザリーのせいで恥をかいてしまったじゃないの!もう恥ずかしくて恥ずかしくて・・・」

 門番や侍女の顔を思い出したのか、目尻に涙を浮かべながらコルセットをひっかく姫をロザリーは叱咤する。

 「一度や二度失敗したからと言って諦めるのですか?結婚をすると決めたのはアリア様なのですよ」
 「それは・・・」

 厳しい現実を突きつけられて、激情が一気に引いた姫は俯いて唇を噛み締める。
 帰国だけはどうしても避けなければならない。おそらくこのまま国へ帰っても大っぴらに文句を言う者はいないだろう。上手く事を運べば悲劇の姫になれる可能性もある。

 だが、一国の姫としての責任をアリアは果たしたかった。今まで王族として良い暮らしをしながらも兄王子達のように国のために尽くす事も出来なかった自分の初めての勤めなのだから。

 「・・・諦めないわ」
 「それは良かったです。まぁ今更帰国しようとしても遅いのですが」
 「え?それはどう言う事なの?」

 きょとんと目を瞬かせる姫の目の前に侍女は一枚の紙を突き付けた。
 その紙には大きく「祝!エトワール王子ご結婚!」と書かれ、アリアの事や結婚式の日時なども細かに並べられていた。

 「これは・・・」
 「どうやら大臣達がアリア様の意気込みを喜んで、早くお二人を結婚させてしまおうとしているようなんです」
 「だからって・・・結婚式が来週・・・?」

 1ヶ月は先だと考えていたのに、突然の事にアリアは戸惑う。来週だなんて全く聞いていなかった。

 「私も先程知って、大臣達に問いただしたのですがどうやら浮かれすぎて肝心のアリア様にお伝えするのを忘れていたようなんです」
 「・・・本当にこの国は大国なのかしら」

 ナルシストの王子に暢気な大臣達で一体どうやって大国を維持しているのだろう。全く不思議である。

 「でも、これで本当に逃げられないわね」

 ここまで国民に大々的に告知しておいて、翻す事は出来ないだろう。感慨深げに姫は目を細めた。
 その顔は後悔にも似て、諦めないと言いつつもやはり心中は帰国したいのだろうか、とロザリーは考える。

 「大丈夫よ。少し驚いたけれど決心出来たわ。むしろ大臣達に感謝しないといけないわね」

 侍女の気遣わしげな視線に気付いたのか、アリアは言って、美しく微笑んだ。
 結婚をすれば少しはあの王子の態度も変わるかもしれない。いや、変わらなくても世継ぎだけは何としてでも残さなければならない。恋や愛と結婚は別なのだ。

 ほんの僅かでも王子と愛を育めたら、と考えていた己を諌めながら姫はコルセットを脱いだ。









 午後からは結婚式に着る衣装合わせを行った。突如来週に決まった結婚式のために悠長に構えていた仕立て屋が大急ぎでアリアの体の寸法を測りに来たのだ。
 大まかなデザインはアリアの好みに則って製作されるが、細かな部分は仕立て屋に任せる事にした。そうしないと間に合わないのだ。

 腕の長さを測りながら、仕立て屋の老人は薄く笑った。

 「王子も姫様のようならば随分と楽なのですがねぇ」
 「王子はやはり注文が多いのですか?」
 「はい。デザインから刺繍模様までご自身でお決めになられます。それだけならば良いのですが、数日するとデザインを変更されるので私共も困ってしまって」
 「まぁ・・・」
 「この後は王子の所へ行くのですが、不安でございます。来週までに完成させられるかどうか」

 言いながら仕立て屋が溜息を吐くのを姫が不憫そうに見つめた刹那、立ち入りを禁止していたはずの扉が勢い良く開き、件の人物が笑顔で入って来た。

 「やぁやぁ!結婚式の衣装を作っていると聞いたんだけど、本当かい?」
 「お、王子!?」

 薄着であったアリアはギョッとして体を隠すが、王子は全く意に介した様子も無く歩みを進めた。

 「この僕と並ぶのだからきちんと仕立ててもらわないといけないからね。直々に僕がデザインしてあげる事にしたんだよ」
 「え!?いえ、そんな・・・」
 「美の化身である僕と並ぶ事に気が引けるのは良く分かるよ。だからせめてドレスくらいは僕と釣り合うものにしておくべきだと思うんだ」
 「はい!?」

 あまりに失礼な物言いに、ついつい姫の美麗な眉が釣り上がる。
 しかし、空気を読めないのか、読む気が無いのか、王子は相変わらず悪びれた様子も無く、仕立て屋からドレスの原案を受け取る。

 「これが君の好みのドレスなのかい?随分と地味なんだねぇ。バランスは悪くないけれど、もっと華やかにしてもらわないといけないなぁ」
 「まぁ、それは申し訳ありませんでした。ですが、私のようなものは王子と違って地味な方が似合うのですわ。私にはとてもではありませんが、王子が着ているようなものは着られませんわ〜恥ずかしくて」

 現在王子が着ている服は豪勢なレースが施され、金の刺繍の薔薇が入った、とんでもなく派手なものであった。一般人が着ればお笑い種なのだが、王子が着るとなぜかしっくり来るのが不愉快極まりない。

 遠まわしに王子が着ている派手な服が恥ずかしいものだと言う嫌味を言うが、やはり王子には通じない。

 「確かにこの服は僕が着てこそ映えるものだよ!でも、恥ずかしがる事なんてないさ。僕が美し過ぎる事が罪なだけで、君には何の落ち度もないのだから」

 舞台女優よろしく大げさな身振り手振りでのたまうと、ポケットから手鏡を取り出して、うっとりと己の顔を眺め始める王子についに姫の堪忍袋の尾が切れた。

 「そんなにご自分が好きなら鏡の中の自分と結婚すれば宜しいのですわ!さぁ、今すぐ出て行ってください!女性の部屋に無断で入るなど王子である前に男性として問題ですわ!」

 深窓の姫君の仮面は剥がれ落ち、アリアは怒鳴ると王子の背中を乱暴に押して部屋から外へ追い出そうとする。
 今まで乱暴に扱われた事の無かった王子は目を白黒させながら慌てた。

 「急にどうしたと言うんだい?怒鳴るなんて美しくないよ。それに僕の麗しい背中を押すのは止めてくれないか、跡でも残ったら大変だよ」
 「王子の背中に跡が残ったところで誰も困りませんわ!では、さようなら!」

 言い放つと、思い切り力を込めて扉を閉めた。最後に呆然とした王子の顔が見えて、何だかおかしくて笑ってしまいそうになった。











BACK  王子TOP   NEXT