8時起床。その後ベッドの上で朝食をゆっくり1時間かけて食べる。ちなみにメニューは果物やヨーグルトらしい。

 9時〜10時に入浴。薔薇を浮かべたお風呂にたっぷり1時間入る。侍女達に体の隅々まで洗ってもらっているらしい。

 10時〜11時は髪や肌の手入れ。ヘアートリートメントや専用のジェルで髪と肌に潤いを与えていつも艶々に保っている。

 11時〜12時は全身マッサージ。いわゆるエステで全身を磨いているとか。

 12時〜13時に昼食。今度はきちんとテーブルで食べる。専用のシェフに作ってもらったフルコースらしい。栄養士にきちんとカロリー計算してもらってバランスは完璧だとか。

 13時以降は基本的に自由時間。鏡を見てうっとりとしたり、新作の服カタログを見てうっとりしたり、薔薇園を見てうっとりしたり・・・とりあえず常にうっとりしている。

 ちなみに王子としての政務は無いに等しい。ミライユ王国では王は象徴であって実質政務を行っているのは大臣達なのだ。最終決定権こそ王にあるものの、普段から王がやる仕事は書類に判子を押すくらいだ。王がそうなので王子に至っては仕事が皆無なのも頷ける。

 そして18時頃に夕食を食べた後は、また鏡を覗いたり美に関する本を読んだりくつろいだ時間を過ごす。

 21時〜22時に入浴。朝と同様の工程を繰り返す。

 22時以降は再び髪や肌の手入れを行う。そして終わり次第、ゆうに大人5人は眠れそうな豪勢な天蓋付きベッドで眠る。




 「以上が調査の結果分かった王子の日常生活です」

 言いながら、ロザリーは手にしたノートを閉じて主を見つめる――案の定、あっけに取られたような顔をしていた。

 王子を篭絡すると決めて、まずアリアがした事は王子を徹底的に調べる事だった。敵を知らなければ何も出来ないと思ったのだ。
 だが、調べてみて改めて王子のナルシストぶりが分かり、姫は呆然としてしまった。酷いとは思っていたが、ここまでとは思っていなかったのだ。

 「・・・ロザリー」
 「はい」
 「・・・私、無謀だったかしら」
 「・・・はい」

 ロザリーが頷くと、部屋に重苦しい沈黙が訪れる。
 アリアは内心でかなり焦っていた。大臣達に宣言した手前、今更無理だとはとてもではないが言えない。

 「でも、もう後には引けないわ。何とかして王子を篭絡しないと私にも国にも未来はないのだもの」
 「そうですね。筋金入りのナルシストと言っても男性である事に変わりはありません・・・アリア様の色香を持ってすれば、あるいは・・・」
 「私の、色香・・・?」

 呟いて、アリアは恥ずかしそうに顔を赤くした。
 見た目はゴージャスな美女で、男を手玉に取りそうな姫だが、実際は間逆であった。これまで男性経験はもちろん、恋もした事が無い。深窓の姫君らしく純情そのものであった。
 勢いあまって王子を篭絡するだの、子を産むだの言ったが、どうすればいいのかは全く分かっていなかった。

 「色香って・・・実際にはどうすればいいのかしら」

 今更自身のとんでもない発言に戸惑っているアリアに呆れつつ、ロザリーは人生の先輩としてアドバイスをする事にした。

 「例えばセクシーな服を着て迫ったり・・・」
 「そ、そんな事をするの・・・!?」

 ぎょっとして、さらに顔を赤らめる姫に、ロザリーは苦笑しながらも頷いた。

 「篭絡の正当法だと思います。さっそく試してみましょう」









 「王子、よろしいでしょうか」

 昼食を終え、ソファでまったりとしていた王子に侍女の一人が声をかける。

 「ん?何だい?僕が美しい事についてならもう分かっているよ」
 「アリア様がお見えになっているのです。お通ししてもよろしいでしょうか」

 長年王子に仕えている侍女は彼の言葉を軽くスルーして事務的に伺いを立てる。
 だが、王子は訳が分からないと言う風に首を傾げた。

 「アリア?誰だったかな?僕の美貌に引き寄せられた妖精か何かかい?」
 「・・・王子のお妃様になられるお方です」

 さすがに頬を引きつらせながら言う侍女に、王子は大げさに驚いてみせた。

 「そうだったね!僕とした事がうっかりしていたよ。それで、彼女がどうかしたのかい?」
 「ですから、王子にお目にかかりたいと」
 「あぁ、そうかい。きっと僕の美しさに魅せられてしまったんだね!いいよ、入ってもらって」

 機嫌良く、美しすぎる顔に微笑を浮かべて了解する王子に侍女は一礼すると、豪勢な扉を門番に開けさせる。

 「ありがとう」

 門番に愛想良く挨拶をして部屋へと入って来たアリアはしかし、内心ではかなり腹が立っていた。実は王子と侍女の会話は扉の外にいた姫に筒抜けとなっていたのだ。

 昨日会ったばかりだと言うのに、仮にも未来の妃を忘れるとはどう言うことだろう。失礼な男だと思っていたが、本当に失礼だ。

 「こんばんは、お忘れかもしれませんが、あなたの妃になる予定のアリアですわ。少しお時間よろしいでしょうか?」

 皮肉げに挨拶をするアリアのドレスはとても際どいものであった。胸元が強調されており、谷間が見える。背中もパックリと開いており、滑らかな肌が惜しげもなく晒されていた。
 それを見た門番達は目を逸らしたり、顔を赤らめたり、明らかに動揺していた。その様子からアリアは恥ずかしさを覚えながらも確かな手ごたえを感じていた。これなら王子も篭絡出来るかもしれない。

 「やぁ、どうしたんだい?これから読書でもしようと思っていたんだ。手短にお願いするよ」

 だが、王子は姫の皮肉を理解しないばかりか、彼女のドレスについても特に気に留めていない様子だった。

 「・・・あの、用と言う事ではないのですが新しいドレスを見て頂きたくて」

 拍子抜けをして、つい正直に言ってしまった。しまったと思った時にはもう遅く、王子は不思議そうに目を瞬かせていた。
 これでは自らの思惑がバレバレである。事実、王子付きの侍女達は何やら期待に満ちた眼差しでこちらを見ている。

 「ち、違うのです、えーと」
 「そうか、美の化身である僕に君のドレスを見立てて欲しいんだね?構わないよ、僕はセンスも抜群だからね」
 「え?」

 慌てて否定しようとしたものの、王子は勝手に都合の良いように解釈をし、姫の周りをゆっくりと回った。
 じろじろと見られるものの、全くいやらしさを感じない視線に、いつも自国でドレスを仕立ててもらう時の気分を味わっていると、

 「シルエットは綺麗で良いと思うけど、少し色が暗いんじゃないかな。君ならもう少し明るいのも合うと思うよ。ちなみに、僕は何を着ても同じなんだ。え?なぜかって?美し過ぎる僕は何を着ても服が霞んでしまうからさ」

 そんな事は聞いていない、と胸中で突っ込みを入れながら、最後の手段とばかりにアリアは王子に身を寄せ、上目遣いで見上げた。

 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・あの・・・王子?何も感じませんの?」
 「何がだい?」

 性欲の欠片もない美しいオッドアイに見つめられて、アリアは羞恥心と失望感に苛まれて彼から体を離した。

 「・・・何でもありませんわ。部屋に戻ります」
 「ん?そうかい?」

 全く分かっていない王子を振り返る事無く、アリアは去って行った。
 門番が気の毒そうに姫のために扉を開けた。侍女達は王子に非難の目を向けていたが、彼は気付かない。

 「良く分からなかったね。きっと僕の美しさにあてられてしまったんだね」

 いつも通り、楽しそうに笑うと鏡を取り出してうっとりと覗き込む王子に侍女達は溜息を禁じ得なかった。


 こうして、アリアと王子の初戦(ただし一方的)は王子のKO勝ちで幕を閉じたのであった。    











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