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「無礼ですわ!」
凍り付く主の後ろで叫んだのはメイドのロザリーである。彼女もアリアと同じく王子の美貌の虜となっていたが、彼の姫に放った言葉で完全に我を取り戻していた。
いくら大国の王子だからと言って一国の王女で結婚相手である姫を長い時間待たせた挙句、暴言で姫を傷付けるとは何事だろう。外交問題に発展しても不思議は無い事態である。
しかし、いきり立つロザリーをエトワール王子はチラリと横目で見るなり、再びメイドに髪を乾かさせ始めた。
「どうして怒るんだい?僕は何も間違った事は言っていないだろう?」
訳が分からないよ、と大げさに溜息を吐く様子も麗しい王子にロザリーは反論の術を失ってしまう。
国一番の美姫と謳われた姫も王子の美貌の前では霞んでしまう。それほどに王子の美しさは人間離れしていた。女性だけでなく、男性や子供でさえも彼の美貌を認めて賛美の言葉を送るだろう。
だが、例え本当の事だとしても女性にそれを言うなど言語道断である。王子と言う高貴な身分の男性であればそれくらいは承知しているはずであるのに。
「アリア様はあなた様のお妃となられるお方なのですよ!それなのに初対面でこんな仕打ちを・・・この結婚が破棄となっても構わないと言うのですか!?」
結婚破棄と言う言葉に一瞬にして室内が緊張感に包まれる。だが、そんな中にいてさえ王子は気に留める風でも無くその神秘的なオッドアイをロザリーでは無くアリアへと向けた。
「僕は別に構わないよ。元々大臣達が言い始めた事だしね」
王子の言葉を受けて、漸くアリアの表情が変化をする。呆然としていた瞳は徐々に剣呑な光を帯び始める。
「・・・政略結婚であると理解しておりますわ。ですが、あなた様も王族であるならばその辺りはわきまえていらっしゃると思っておりました」
「別に結婚が嫌だとごねている訳ではないよ。ただ興味が無いだけなのさ」
「!・・・まぁ、そうですの。ご自身の結婚に興味をお持ちでないのなら一体どのようなものに興味がおありなのでしょうか?無知な私には全く分かりませんわ」
努めて冷静に、けれども怒りで頬が引きつりながらもアリアは姫らしく優雅に小首をかしげて見せた。
姫の怒りを知ってか知らずか、王子も姫に負けず劣らず優雅に立ち上がるとすっかり乾いた絹のようにすべらかな金髪をサラリと掻き分けて見せた。
「僕が興味のあるものなんて始めから決まっているよ。この僕自身さ」
うっとりと呟くと、どこから取り出したのか手鏡を持ち己の顔を眺め始める。
今日も僕は美しいね、と一人溜息を吐く王子にアリアは内心でかなり嫌な予感を覚えながらも訊ねるしかなかった。
「王子はご自身以外の人間に興味はないのですか?例えば・・・女性とか」
普通の健全な青年ならば若い女性に興味を持つはずだ。王族の中には女好きで多くの側室を侍らせた人間も少なくない。
だが、健全な青年に比べると美し過ぎる王子は色気はあるものの、そう言ったいやらしさは微塵も感じさせなかった。あらゆる意味で浮世離れした雰囲気を持っている。
そして、案の定王子は女性と言う単語に全く反応を示さず、相変わらず鏡を覗き込みながら冷たく言い放った。
「悪いけど、僕は自分の美しさ以外に興味はないんだ」
「もーしわけございませーん!!!」
枯れるほどの大声で謝りながら国の重役達が頭を下げていくのをアリアは不思議と冷静に見ていた。
後ろで控えているロザリーはショックやら屈辱やらで半ば放心状態となってしまっていた。
宰相と大臣は深々と頭を下げた後でばつの悪そうにお互い顔を見合うと、意を決したのか大臣が口を開いた。
「・・・お分かりのように王子は・・・何と言いますか、自己愛が過ぎると申しますか、人間に興味が無いと申しますか・・・あの・・・」
「はっきりとナルシストだと言ってはいかがです?あの姿を見たのですもの、今更ですわ」
ズバッと痛いところを付く姫に大臣も降参したように一つ大きく息を吐くと、頷いた。
「確かに、我らが王子はナルシストでございます。それもかなり重度の・・・。いつもあのように鏡ばかり見つめて他人に興味を持った事がございません」
「まぁ・・・」
「ですがいつまでもこのままでは王家の血は途絶えてしまいます。我々も国民も王子の世継ぎを熱望しているのです」
初孫を求める祖父のように熱弁を奮う大臣の勢いに押されつつ、アリアはこの結婚の本当の意味を知った。
だが、そこに思い当たると当然浮かんでくる疑問がある。
「あの・・・なぜ私だったのでしょうか?」
城にひきこもり気味の小国の姫をなぜナルシストの王子の結婚相手として選んだのか。アリアならば王子をどうにか出来るとでも考えたのか。
「アリア様が美貌で有名だったからでございます。その噂は我が国にも伝わって来て、それをお聞きになった王子が興味を持たれまして・・・」
アリアはその瞬間、全てを悟った。彼女は国一番の美姫として有名で、その噂を聞きつけた王族から結婚をと求められた事もあった程だ。
だが、王子がアリアの美貌に興味を持ったのは結婚相手としてではなく、単純に自分より美しいか否か知りたかったためだろう。それならば先程の言動にも納得出来る。
ようやく女性に興味を持ってくれたと喜んだ大臣も先程の様子を見て全てを察していた。だが、今更結婚を取り止めにする事も出来ない。
どうしたものか、と困り果てている老人達を見つめながら、アリアもまた思案に暮れていた。
初めから愛の無い政略結婚だと理解していたが、相手の王子があんな性格だとは思ってもいなかった。どんな相手でも何とかなるだろう、と思っていたがさすがのアリアでも不安になる。
だが、このまま結婚を取り止めて国へ帰る事だけは避けたかった。国の誰もがこの結婚に喜んでいたのに、そんな事をしたらどう思うか。それに、国一の美貌と賞賛をされてきたプライドがあった。王子に相手にもされなかったとあっては恥の上乗せだ。そんな事はとても耐えられそうに無かった。
アリアにとって最も良いのはこのまま無事結婚をし、王子の世継ぎを産んでミライユ王国での地位を確固たるものにする事だ。その事は両国の望みでもあるだろう。
ならば、自分がすべき事は一つだけだ。
「王子と結婚致しますわ。そして、両国のためにも必ず世継ぎを産んでみせます」
「なっ!?アリア様!?」
「おぉ!何と頼もしい!姫様が最後の頼みなのです!お頼み申し上げまする!」
決意に満ち、意気込んで宣言をした姫に、ロザリーはますます唖然としたが、大臣達は歓喜で震え、大粒の涙を流した。
国とプライドを守るためにはこれしかない。己の全てを使って王子を篭絡してみせる。
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