その王子、ツンデレにつき!






 「別にお前なんか妃に迎えたくなかったんだからな。勘違いするなよ」




 それが夫から言われた初めての言葉だった。

 こんな台詞を初対面の夫に、しかも初夜を迎えるために寝室で言われたらほとんどの姫は絶望で泣き崩れるだろう。

 だけど、私はそんなに可憐で気弱なお姫様じゃなかった。
 お姫様とか言われてるけど、今にも滅ぼされそうな小国だし、王族は大家族で超庶民派だ。大国の商人の方が良い生活をしているって私は確信してる。

 そして、目の前でそっぽを向きながら、でもなぜかチラチラとこちらの様子を伺っているのが、隣国の超大国の王子様だ。

 小国の姫の私が嫁いでも大国としては百害あって一利なし、なんだからどうして結婚なんて事になったのか全然分からない。
 目の前の王子が言っている様に、彼は私なんて妃に迎えたくなかったんだろう。自分を卑下するわけじゃないけれど、私は平凡を絵に描いたような顔だし。

 それに比べて王子は、驚くほどの美形。噂によると頭も良くて完璧だとか。天は二物を与えず、とか嘘っぱちなんだなぁ。

 「はぁ、そうですか」

 そんな事をぼんやりと考えながら、気の無い返事をすると、王子は相変わらずふんぞり返りながら早口にまくし立ててきた。

 「俺様はめちゃくちゃモテるから、女なんかより取り見取りなんだよ。それなのに、冴えないお前なんかを妃、それも正妃にしてやるんだから、感謝しろよな」

 あんまりな物言いに段々とイライラしてくる。だけど、必死に我慢してた。一国の姫として責任を全うしようと考えていたから。

 「感謝のあまり声も出ないか。ふん!いつまでもその心を忘れずに俺様に仕えろよ」

 だけど、すぐに我慢の限界が来る。

 「妃にして欲しいなんて誰が頼みましたか?そんなに私が気に入らないのなら、今すぐ離縁して下さい」

 こんな奴が夫なんて虫唾が走る。いくらカッコ良くても絶対無理だわ。お父様達も許してくれるでしょう。

 「それでは。お元気で」

 言い終わり、さっさと部屋を後にしようとしたけど、王子がそれを許さなかった。

 「り、離縁なんて許さないからな!」

 声を荒げ、私の腕を荒々しく掴む王子に私は混乱していた。
 私が気に入らないと言うのに離縁は嫌だなんて、一体何なのよ。

 「・・・私が気に入らないのでしょう?無理に結婚してくれなくて結構だと言っているんです。王子にもらって頂かなくてもそれなりに求婚者はいますし」

 私の事をボランティア精神でもらってくれたのか、と考えた。だけど、実際に見たら私が気に入らずに後悔しているのかと。
 あまりに卑屈な考えだけれど、的を得ているような気がする。超庶民派の私達王族の唯一誇れるところはその美貌だったから。一族の中で私だけが平凡に生まれて来た。

 幼い時からそうだったから、今更自分を顔を気にしたりしない。人間は顔だけじゃないと思ってもいる。

 「だから、気にしないで下さ・・・」
 「求婚者だと!?」

 突然王子が目の色を変えた。私の言葉で安心して手を離してくれるだろうと思っていたのに。

 「求婚者がいるのか!?」
 「え?それはまぁ、仮定の話で・・・。一応私も一国の姫ですから、結婚は出来ると思いますし」
 「お前はもう俺と結婚しているだろう!」
 「で、でも気に入らないみたいですし・・・」
 「そんな事言ってないだろう!」

 先ほどまでの尊大さはどこへ行ってしまったのか、駄々っ子のように王子は叫ぶ――そう言えば、彼は私よりもいくつか年下だったな。

 気に入らないとは言ってないと言うけれど、妃に迎えたくなかったって言う時点で同じだと思う。本当にこの我侭な王子様は何がしたいんだろう。

 「俺様が妃に迎えると言っているんだから、大人しくここにいればいいだろ・・・」
 「でも・・・」
 「と、特別に一緒に寝てやる。あ、ありがたく思えよな!」

 目に見えて顔を赤くしながら、だけど態度だけは尊大な王子に、姫はピンと来た。

 「・・・はい。ありがたく夜を共に致します」
 「なっ・・・!べ、別に嬉しくなんてないんだからな!抱きしめてなんてやらないんだからな!」

 言いながら、逃がさないとばかりに強く抱きしめて来る王子に、姫は自身の考えに確信を持った。
 これは、いわゆるツンデレと言う奴ではないんだろうか。ここまで顕著な人は初めて見たので、かなり驚いている。

 ツンデレは主に女の子の属性だと思っていたし、萌えるものだと言う認識があった姫だったが、王子と接して認識に誤りがあった事を知った。

 実際のツンデレがこんなにも面倒だとは・・・!萌えるなんてとても出来そうにない。

 「さぁ、寝るぞ!今日はしょ、初夜だからな!特別にお前を抱いてやってもいいぞ!俺様は寛大だからな!」

 この言葉も、彼がツンデレだと分かると不思議と怒りはわいてこない。それよりも何だか面白く感じてしまっている自身に気付きながら、少しお返しをしてやろうとひらめいた。

 「まぁ嬉しい・・・優しくして下さいね」
 「なぁ・・・っ!?だ、誰がお前なんて抱くか!!冗談だ馬鹿!」
 「そうですか。では、お休みなさい」

 今にも倒れそうなくらい真っ赤になって慌てる王子に内心大爆笑しながらも、平静を装ってさっさと一人でベッドに入った。
 案の定、王子は寝るな、とか無礼だ、とか色々わめいていたけれど、私が無視を決め込んで眠っている振りをすると、目に見えてシュンとする。

 その内にソロソロとベッドの中に入って来た。そしてソワソワと寝返りを打つ。背中に強い視線を感じながらも私は寝た振りを通した。

 「・・・本当に寝たのか?」

 捨てられた子犬のような、縋る声で囁かれ、思わず反応しそうになるのを何とかこらえる。
 すると、伺うように背後から腕が回って来て、ゆるく抱きしめられた。起こさないようにと気を使っているようだ。

 耳元で愛おし気に名前を呼ばれ、腕が少し強まるのを感じながら、私は本当にウトウトしてきた。

 何度も愛していると囁く王子は、私が眠っていた方が随分と素直になれるようだ。今ここで起きていた事をバラしたらどんな反応をするだろう、と興味を持ったがそうはしなかった。

 心地よい温もりと愛の言葉をもう少し感じていたかったから。

 本格的に眠りの世界に入って行きながら、思う――明日はどうして私を好きになってくれたのか質問してみよう、と。

 きっとこのツンデレな王子様は素直に答えてはくれないだろう。お前なんて好きじゃない、と顔を赤くしながら怒鳴るに決まっている。

 だけど、私はもう離縁しようなんて思わない。尊大な言葉と本心はいわば鏡なんだ。その事に気付けたからきっともう大丈夫。

 彼をからかうのも何だか面白いし、ツンデレも案外悪くないかもしれない・・・萌えられはしないけれど。











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