砂漠に囲まれた国、ユペール王国には二人の王子と一人の王女がいた。王子は二人とも聡明でよく王を助け、国民からの支持も厚い。
 そして王女は国一番の美姫と名高く、王女の見事な赤毛から”オアシスに咲く赤薔薇”と評され、国民の羨望の的であった。

 華やかな王家の人々は常に国民の憧れであり、またかっこうのおしゃべりの種であった。


 「ねぇ、聞いた?王女様が来月ご結婚なされるのですって」

 活気あふれる城下町で、一人の町娘が興味深そうに友人の少女に話しかける。今日の話題は王女様の結婚についてだ。
 話しかけられた少女は、知らなかったのか目を丸くして大げさに驚いてみせた。

 「まぁ、本当に?お相手はどなたなのかしら?」

 予想通り友人が話に食いついてきた事に、娘は嬉しそうに笑いながら今朝仕入れたばかりの情報を得意げに披露する。

 「ミライユ王国の第一王子、エトワール様らしいわ」
 「えぇ?エトワール様!?」

 思いがけない名前に少女は目を丸くした。エトワール王子の名はここユペール王国でも広く知られていたのだ。
 砂漠の国であるユペール王国とは対照的に、ミライユ王国は緑と水に囲まれた、楽園とも言うべき大国であった。そんな憧れの国の王子、エトワールもまた、この国の王女同様にその美貌で有名であった。

 「美男美女のカップルと言うわけね!素敵だわ〜羨ましい〜」
 「それに、父さんが国交を結べばもう水と木材の不足を心配しなくてもいいって喜んでいたわ。本当にいい事ずくしよね」

 華やかに笑いながら羨ましいとしきりに言う二人の娘は知らない――王宮で話題の王女が溜息を吐いている事を。









 「アリア様、ご結婚にご不満がおありなのですか?」

 珍しく憂鬱そうに溜息ばかりを吐く主に、王女付の侍女、ロザリーは不安げに問いかけた。

 侍女の問いに王女、アリアは目を伏せ、再び小さく溜息を零した――その仕草の何と美しい事か。

 彼女の主であるアリア王女は評判どおりの美姫である。燃えるような赤毛は豪勢にボリュームがあり、小さな顔を気品良く縁取っている。この国では珍しい、日焼けを知らない真っ白な肌に薔薇色の頬。そして、大きな栗色の瞳は王女の風格に満ち、どことなく妖艶さを感じる雰囲気が男達を魅了する。

 常に傍近くに使えているロザリーもついうっとりとしてしまう美貌の姫は、その美しい顔を上げて困ったように侍女を見た。

 「王女として生まれた時から政略結婚は覚悟していたもの・・・不満などはないわ」

 言って、笑うアリアの言葉に嘘は無い。国民よりも恵まれた暮らしをしてきたのだから、その国民のため、そして国のために尽くす事は当然だと考えていた。
 二人の兄王子はそれぞれ国政を任されているが、王女であるアリアは国政には携われない。毎日着飾って王女としての教養を勉強して時折人形染みた笑みを浮かべるだけ。

 周りは美しい姫だ、賢い姫だとアリアを褒め称えるが、アリアは常にコンプレックスを感じていた。
 兄に比べて自分は何のために存在しているのか、国民の税金を無駄に使っているだけではないのか、と。

 それゆえ今回の結婚は漸く役に立てたと喜ぶべきはずであったのだ。砂漠に囲まれているために常に水不足に悩まされる国民の不安を取り除く事が出来ると。

 「分かっているのに、いざ政略結婚だと言われると、やはり私の価値はそこにしかなかったと実感させられて・・・」

 駄目ね、と真っ赤に熟れた唇から自嘲の声を漏らす王女に、侍女は懸命に首を振る。

 「そんな事はございません!アリア様は存在自体が価値あるものなのです!私はアリア様にお仕え出来て幸せでございます!」
 「・・・ありがとう、ロザリー」

 必死に慰めようとしてくれる昔なじみの侍女を安心させるように笑んで、それとなく話題を変える。

 「それにしても、エトワール王子とはどんな方なのかしら?ロザリーは何か知っている?」
 「え?エトワール王子をご存知ないのですか?」
 「お名前は聞いた事はあるけれど、どんな方かまでは・・・有名な方なの?」

 エトワール王子と聞けば十人中九人が知っていると答えるだろう。それくらい彼の美貌は世に轟いていた。
 しかし、城の奥に篭りがちであり、他国の王族との付き合いもほとんどなかったアリアは十人の内の一人だった。

 「エトワール王子と言えば、世界で一番美しい人だと評されるほどの美貌の持ち主として有名です。何でも世にも珍しい左右違う瞳の色をしているとか」
 「世界一美しい人?」
 「はい。何人もの著名な絵師が王子を描こうとしましたが、その美貌を完璧に描ける絵師は一人もいなかったそうです。なので、王子の絵姿は一枚もないそうですよ」

 アリアは軽く眉を寄せた。噂と言うものは大概大げさに言われるものだ。特に王族のものは。

 「少し大げさじゃないかしら?実際に王子を見た人はいるのかしら」
 「ですが、そこまで評判なら美しい事は確かのはずです。年頃もアリア様と変わらないとか」

 世の中には親子ほど年の離れた相手と結婚しなければならない王女は多いと聞く。それに比べたらアリアは随分と恵まれている方なのだろう。
 いくら政略結婚だと諦めていても、相手が若くて美形ならばいくらかましだろう。これで相手が年の離れた禿げ上がった男だとしたらアリアは今よりも落ち込んでいたかもしれない。

 そう考えると少しばかり心が軽くなったアリアはふいに呟いた。

 「・・・その王子と上手くやっていけるかしら」

 今まで王女ゆえに恋をした事が無いアリアにとっての最初で最後の相手なのだ。政略結婚と言えども夫婦となるのだから想いは通じ合っていた方が良いはずだ。

 少しだけ希望をのぞかせた主に、ロザリーは嬉しそうに目を細める。

 「はい!アリア様の魅力に王子が参ってしまうに決まっています!」
 「ふふ・・・そうだと良いのだけれど」

 言って、頬を染めて柔らかく微笑む王女はまだ知らない――エトワール王子の真実の姿と、思い描く理想的な結婚生活とは程遠い未来を。











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